「絵に描いた餅」の元祖?

・絵に描いた餅
役に立たないたとえ。計画などが実現する可能性のないこと。画餅。
三省堂「大辞林 第二版」より


毎週土曜日19時から三国志討論会(チャット)が開かれていることで時間があれば参加しようと思っていた。
それでなかなか参加できないでいたけど、この間の土曜日にようやく参加した。

・サイト「三国志愛好会」の「三国志討論会」
http://san-gokushi.com/

それで毎回テーマが設定されていて、その時は「三国時代の食物と体型」……だったと思う。
それで三国時代の食物の話題になって、麦を食べていたことはわかるけど麦を何の料理にしたかって話題になっていた。
パン? ナン?って話だったんだけど、そこで出てきた単語が「餅」。
餅の材料というとてっきり餅米からつくるのかと思ったら、そうでもないみたい。
その場で「字通」で調べてみると、麦の粉をまるめ蒸してつくったのが餅だそうな。

それで実際に餅ができる過程が史書に載っていないか、後漢書や三国志を調べる。
そうするとあまり関係ないことが目に付いて気になったのが、三国志魏書の盧毓伝。
盧毓(字、子家)は盧植の息子。
で、時代背景や前後関係の説明を抜いて、いきなりその文を書く。

時舉中書郎、詔曰:「得其人與否、在盧生耳。選舉莫取有名、名如畫地作餅、不可啖也。」

<清岡の適当訳>
(盧毓が)中書郎に登用されたとき、詔(みことのり)でいわれる。「その人を採用するかどうかは、つまり盧毓の生業いかんだ。選挙(登用の選抜)は名声があるから採用するのではない。名声は地に画を描いて餅を作るようなものだから、啖(くら)うことはできない」

詔を出すのは皇帝。このときは魏の明帝。
この人が「絵に描いた餅」という言い回しを使った元祖?
この言葉の由来?

とは言っても、三国志より先行する書物をきっちり調べたわけではないので、元祖がどうかわからないのだった。
なんか、普通に故事でありそうだしね。


<2006年9月21日追記>
一年以上前の記事を参照されるのはよくあるけど、今回もそのケース。
http://chiebukuro.yahoo.co.jp/service/question_detail.php?queId=9414602
↑Yahoo知恵袋でこちらの記事へリンクがはってあったのでコメント。
とりあえず私の訳なんかより原文を引用する方が重要だと思う。
あと記事中ではなぜ餅なのかについては論じていない。
といっても、わかんないことには変わりないが(汗)
私の推測では上で書いたように麦は当時のその地域の主食でその調理法として餅はポピュラーなものだったので、読み手の心に響き納得しやすかったとふんだんだろうね。

※関連記事 アニメ『名探偵コナン』にコウメイ登場(2009年12月5日以降)

※追記 リンク:「漢代の飮食」

※追記 上智大学の入試で三国志関連2015
http://cte.main.jp/newsch/article.php/167