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【2890】周瑜の諡号[8]  /  【3558】漢代・三国志時代の官職に...[11]  /  【3579】青洲黄巾について[6]  /  【3588】コミュニケーションについ...[2]  /  【2597】宮城谷昌光氏の三国志[4]  /  【3570】伝国の玉璽は今どこにあり...[3]  /  【3556】『續後漢書』について[3]  /  【3563】諸葛亮と葛伯は?[1]  /  【3559】武器について[1]  /  【3553】曹操の墓発見?[2]  /  

【2890】周瑜の諡号
初心者質問  桃丸  - 2007/8/26(日) 1:31 -

引用なし
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   初めまして。桃丸と申します。
三国志ファンになってから結構たちますが、まだまだ至らない点も多いです。
こちらで精進し、いずれはサイトを立ち上げたいと思っています。
稚拙な質問も多いと思いますが、長い目で見てやってください。
これからよろしくお願いいたします。

早速質問です。
しばらく見ていなかったウィキペディアの周瑜の項で、前までなかった「要出典」のリンクが張ってあったのです。
周瑜の諡号が「忠侯」であることの証明がつかないらしいのです。
三国志サイトを回ってみると、確かに「忠侯」と書かれたサイトと、何も書いていないサイトがあります。

たった今ざっと周瑜伝を読み返してきました。
「忠侯」と諡号がついている武将は夏侯惇と曹仁もいるみたいなのでそっちも見直しました。
すると、後者二人は記述があるのですが、周瑜には記述がありませんでした。

出典元は何だと考えられるでしょうか。
情けないのですが、岩波の演義をもっておらず、
周瑜の墓まで行って確認することも出来ないので、
知識人の方々のお知恵を拝借したいと思います。
よろしくお願いいたします。

【2911】Re:周瑜の諡号
 如墨委面  - 2007/9/19(水) 19:52 -

引用なし
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   ▼桃丸さん:
>ウィキペディアの「要出典」部分、つまり諡号の部分は編集されなくなっていました。
>しかし元が気になるところですね。
>三国志の紹介サイトにも「諡号は忠侯」とされてしまっているサイトをよく見かけたので、
>ウィキペディアの影響かそれとも元ネタを読んだのか……
>疑問は深まるばかりでありますが、
>あまり信用はしないほうがいいようですね。

ウィキペディアは匿名で誰でも書けるので、ちゃんとしたものもありますが、随分いい加減なものもあります。従って、私は、参考にすることはあるが、裏が取れない限り信用しない、というスタンスです。

                   委面如墨

【3595】李典の諡号
初心者質問  R・F  - 2010/2/27(土) 12:31 -

引用なし
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   こんにちは。
李典の諡号について、疑問が出てきたので、質問させていただくことにしました。
新たにトビを立てるのもおおげさなので、周瑜の諡号について書かれた、ここに便乗させていただくことにしました。

疑問というのは、李典の諡号である「愍侯」についてです。

『門田鳳雛さんの諡号辞典』によると、
http://www.toride.com/~fengchu/sigou/
愍:【在国逢難曰愍】
[意味] 兵乱や賊に逢うこと。
とあります。

魏で「愍」を諡号された人物は李典以外に4名。
「曹昂、戦死」「曹潜、逝去」「楽綝、殺害」「夏侯淵、戦死」
 ※「三国志愛好会」の「三国志諡号辞典」より参照
   http://san-gokushi.com/

曹潜以外は、殺害されています。このことから、李典も「戦傷による死去」、あるいは「殺害の可能性がある死亡」という可能性があるのではないかと考えたのですが、いかがでしょうか?
余談ですが、漫画「蒼天航路」で戦死で描かれているは、このためかと想像しているのですが。

ちなみに、李典の死因については、(ちくま・正史「三国志」によると)曹潜と同様「逝去」としか記されていませんでした。

【3598】Re:李典の諡号
ひと言  清岡美津夫 E-MAILWEB  - 2010/3/3(水) 20:41 -

引用なし
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   こんばんわ。
言われてみれば、『三国志』巻三十三蜀書先主伝の建安二十五年のところに「或傳聞漢帝見害、先主乃發喪制服、追諡曰孝愍皇帝。」とあって、献帝が殺害されたと伝え聞き、「孝愍皇帝」と追諡してますね。
見る時代をひろげ、『後漢書』や『晋書』等を見てみると、何かわかるかもしれません。

ちなみに『三国志集解』を見てみると、死因については特に記載がなく、「愍侯」のところに「正始四年典従祀太祖廟庭」とあるぐらいでした。

・中央研究院 漢籍電子文獻
http://hanji.sinica.edu.tw/

それと、上記「漢籍電子文獻」で唐張守節『史記正義』謚法解を見てみると、

 在國遭憂曰愍。(仍多大喪。)
 在國逢〓曰愍。(兵寇之事。)
 禍亂方作曰愍。(國無政、動長亂。)
 使民悲傷曰愍。(苛政賊害。)

とあって、意味はいろいろあるようですが、どれもポジティブな意味じゃないようですね。

【3599】Re:李典の諡号
感謝♪  R・F  - 2010/3/9(火) 19:48 -

引用なし
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   ▼清岡美津夫さん:
稚拙な質問に、いつもレスをありがとうございます。

>見る時代をひろげ、『後漢書』や『晋書』等を見てみると、何かわかるかもしれません。
『後漢書』や『晋書』では無いですが、ネットで検索したところ以下のような人物が挙がりました。

・西晋の愍帝(第4代皇帝):劉曜(五胡十六国時代の前趙の皇帝)に降伏し、小間使い扱い(狩の時には戟を持たされ先導役とされ、宴会では杯を洗う役)をされた挙句、処刑される。
・恵愍帝(五胡十六国時代の後燕の2代皇帝):後燕内部に紛争が起こったため、竜城に逃れたが、部下に殺された
・五代十国時代の南唐の文憲昭懷孝愍皇帝(非公式の称号):毒を盛られて暗殺

少し時代を飛んで。
・明朝17代(最後の皇帝)の崇禎帝 (すうていてい):李自成軍により北京は陥落。追い詰められて自決。後に清により荘烈愍皇帝を諡られる。
・ラストエンペラーとして有名な清朝の溥儀(恭宗愍皇帝)。

国の最後の皇帝とか殺害されるとか、不遇な人ばかりですね。

>それと、上記「漢籍電子文獻」で唐張守節『史記正義』謚法解を見てみると、
> 在國遭憂曰愍。(仍多大喪。)
> 在國逢〓曰愍。(兵寇之事。)
> 禍亂方作曰愍。(國無政、動長亂。)
> 使民悲傷曰愍。(苛政賊害。)
>とあって、意味はいろいろあるようですが、どれもポジティブな意味じゃないようですね。

そうですね。この中で、李典の事績に該当しそうなものと言えば、「在國逢〓曰愍。(兵寇之事。)」ぐらいしか思いあたらなかったので、病死ではないのではないかと想像した訳です。他の意味は、一介の武官に過ぎない身では、どうにもならないことばかりですから。
「愍」は悪謚と云われているようですし。ただ功臣の夏侯淵に諡られたことから見ても、(呉質の醜侯や隋の煬帝のような)人格を貶めるような意味の悪謚では無いような気がします。運に恵まれなかった人、哀れな人、という意味だったのではないでしょうか。

「楽綝、殺害」が文字化けしていましたね。諸葛誕に殺された楽進の息子のことです。

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【3558】漢代・三国志時代の官職について
教えて  スサノオ  - 2010/1/6(水) 16:15 -

引用なし
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   はじめまして。
以前より各所のサイトを拝見しておりますがどうしても不明な点があり、
どなたかご存知の方が居ればお教え願いたいものと投稿しました。
官職というものは就任期間というものがあるかと思います。
しかしながら、どうも太守なり県令なりといった各官職の就任期間が不明瞭です。
一体、その定めといううものはどういうものだったのでしょう?

【3581】Re:漢代・三国志時代の官職について
   - 2010/2/10(水) 3:38 -

引用なし
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    普通の,というか高級官僚予備軍は,孝廉からはじまるので,そういった秩石によって,基本,三〜五年の任期で昇進していきます。

 ただ史料に残るような高級官僚になると,六百石から二千石・比二千石に昇進することもあります。
 あと就官時の年齢と関係があると思われます。例えば二十歳前後で孝廉に察挙されたり,若い頃から任子(父任)によって郎中になってる場合などは,比三百石から比四百石もしくは四百石に遷りますが,五十すぎの場合などは県令レベルの千石に遷る場合もあります。高齢でも郎中止まりの場合もあります。この辺は年齢+αでしょう。+αが何か解明できれば,学術論文一本書けるでしょう。多分,名望とか名声とか,豪族性だとか何だとか,そういうテーマと関係するものになるでしょう。
 あとは,それ以外の人事制度がいくつかあります。茂才の場合は郎中とばして県令・県長に遷れる分,より有利ですし,もっと反則的な人事制度も存在します。その辺の概要についても先に載せた論文を参照されると良いでしょう。

 特に前漢後漢は,そういった制度面が厳格に運用されていたようですから,任期とその功次昇進の過程は把握しておいて損はないですし,大半はその制度通りと見てよいでしょう。

 残念ながら,古代史において史料として現在に残るような類の人というは超高級官僚ですから,その制度の枠外にあるのも見受けられます。

【3583】Re:漢代・三国志時代の官職について
 スサノオ  - 2010/2/15(月) 7:04 -

引用なし
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   梟さん
ありがとうございました。
凡その状況は分かりました。
論文の内容はNET上どこかで見れるものなのでしょうか。
それとも古書を探さないとならないようなものでしょうか?

▼梟さん:
> 普通の,というか高級官僚予備軍は,孝廉からはじまるので,そういった秩石によって,基本,三〜五年の任期で昇進していきます。
>
> ただ史料に残るような高級官僚になると,六百石から二千石・比二千石に昇進することもあります。
> あと就官時の年齢と関係があると思われます。例えば二十歳前後で孝廉に察挙されたり,若い頃から任子(父任)によって郎中になってる場合などは,比三百石から比四百石もしくは四百石に遷りますが,五十すぎの場合などは県令レベルの千石に遷る場合もあります。高齢でも郎中止まりの場合もあります。この辺は年齢+αでしょう。+αが何か解明できれば,学術論文一本書けるでしょう。多分,名望とか名声とか,豪族性だとか何だとか,そういうテーマと関係するものになるでしょう。
> あとは,それ以外の人事制度がいくつかあります。茂才の場合は郎中とばして県令・県長に遷れる分,より有利ですし,もっと反則的な人事制度も存在します。その辺の概要についても先に載せた論文を参照されると良いでしょう。
>
> 特に前漢後漢は,そういった制度面が厳格に運用されていたようですから,任期とその功次昇進の過程は把握しておいて損はないですし,大半はその制度通りと見てよいでしょう。
>
> 残念ながら,古代史において史料として現在に残るような類の人というは超高級官僚ですから,その制度の枠外にあるのも見受けられます。

【3585】Re:漢代・三国志時代の官職について
   - 2010/2/19(金) 3:50 -

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   本になっているものは,大体,まだ新品でも買えます。
あとは大きい図書館に行けば大体おいてあるはずです。
専門雑誌は購入は難しいでしょうが図書館等にはあるかと思います。

【3593】Re:漢代・三国志時代の官職について
 スサノオ  - 2010/2/24(水) 22:20 -

引用なし
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   梟さん:
ありがとうございました。
まずは図書館等で探してみます。

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【3579】青洲黄巾について
 スサノオ  - 2010/2/6(土) 12:19 -

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   皆さんのお知恵を拝借します。
曹操が戦った青洲黄巾賊は降伏した時で、戎卒三十余万,男女百余万口を得た、とあり、
膨大な人数であることは異論がありません。
しかし、この内訳はどうなのでしょうか?
私は、成年男子30余万、総人口(若しくは成年男子を除く人数)100余万ではないかと考えています。
そして青洲黄巾党に属しているものは中核の1〜3割程度、後は流民ではないかとも考えています。
これに対するご意見が一点。
そしてその後精兵3万を雇用された(家族を含めても15万そこそこ)の残る大多数は何処へ行きどうなったのか?
以上よろしくお願いします。

【3586】Re:青洲黄巾について
   - 2010/2/19(金) 4:16 -

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    問題は先にも触れた國淵伝の記述をどう理解するか,あとは官僚制,最近流行の地方行政システムに関する理解如何によるかと思われます。
 あとは大淵先生だったと思うのですが,ちょっと手元に論文が無いので誰だったか正確に把握していませんが,この事象を黄巾と裏取引があったと推定する人もいまして,割とその意見は学説史の上で継承されているのですが,やはりあまり多すぎても降伏する理由がわからなくなりますので,総数が100万というのは,色々と理解するうえで難しいものがあると思われます。
 まだ献帝も擁立していない時期ですし,制度に常に付きまとう問題ですが,その官職に付与されている権限と,その実態が同一だとは限らない,ということがあります。特に混乱期などは。それで仮に3万にしても,事実上,郡単位の支配ができていたかどうかも疑わしい状況で,その数をまるまる維持・吸収はできないのではないかと思われます。
 この辺は考えると色々厄介な問題がからんでくるので難しいところではあると思うのです。

 あとは方法論の問題になりますが,官渡の頃の兵は,私が読んだ記憶では,曹操の兵は確か,10万近い数はなかったと思いますが,記憶違いであったらすみません。

【3587】→青州黄巾
ひと言  清岡美津夫 E-MAILWEB  - 2010/2/19(金) 20:33 -

引用なし
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   こんばんわ。
本筋とは関係ないですので、この書き込みへの返信は要らないのですが、

青洲黄巾賊ではなく

青州黄巾賊ですね。

一応、公共の場ですので、誤りが誤りのまま残っていますと誤記の連鎖に発展する可能性もありますので(例.誤:夏候、羅漢中、正:夏侯、羅貫中)、一言、訂正入れておきました。

【3591】Re:→青州黄巾
 スサノオ  - 2010/2/24(水) 22:07 -

引用なし
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   清岡さんすみません。
誤変換を見過ごしてしまいました。
なぜせいしゅうで青州が変換できなかったのかと思ったら辞書機能がクリアされてました・・・。
重ね重ね誤字を書き込みお騒がせしました。

▼清岡美津夫さん:
>こんばんわ。
>本筋とは関係ないですので、この書き込みへの返信は要らないのですが、
>
>青洲黄巾賊ではなく
>
>青州黄巾賊ですね。
>
>一応、公共の場ですので、誤りが誤りのまま残っていますと誤記の連鎖に発展する可能性もありますので(例.誤:夏候、羅漢中、正:夏侯、羅貫中)、一言、訂正入れておきました。

【3592】Re:青洲黄巾について
 スサノオ  - 2010/2/24(水) 22:19 -

引用なし
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   梟さん
官渡の頃の曹操の兵が10万程度というものはどこで読んだものか定かでなくすぐに出てきた学研の真・三国志1でも「中国歴代戦争史」参考の7万余しか出てきませんでした。
どこかに袁紹と同程度の動員数という記述を見たように思いますが,記憶違いであったらすみません。

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【3588】コミュニケーションについて・・・
  WEB  - 2010/2/20(土) 16:28 -

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   はじめまして、高校3年のKです。
私は三国志の文化や風習について調べています。
今回疑問に思ったことがあります。それは言葉です。
劉備に諸葛亮が初めて会い「天下三分の計」を説いたことはとても有名ですが、初めて会った二人は果たして言葉が通じたのでしょうか?

「二人とも同じ中国人じゃん」と当たり前のように思う方はいると思います。
それは今日の場合であり、日本でも明治維新後の標準語教育によって、今現代、ごく普通に言葉が通じます。
中国は日本に比べて、桁違いに広大である。今もたくさんの言語が使われています。
当時の中国は読み書きもままならず、ごく一部の人しか教育を受けていない、さらに異民族も多い・・・。
涿県出身の劉備は、華北の現在の北京語に似た言葉を話していただろうし、琅邪出身の諸葛亮は山東語に近い言葉を使っていただろうと思います。

今の段階の仮説ですが、言葉は通じたのでしょうか。
至らない文ですが、よろしくお願いします。

【3589】Re:コミュニケーションについて・・・
お答え  清岡美津夫 E-MAILWEB  - 2010/2/20(土) 16:38 -

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   初めまして。
[#T1465]←その話題についてこのツリーが参考になるかと思います。

【3590】Re:コミュニケーションについて・・・
   - 2010/2/20(土) 16:42 -

引用なし
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   ありがとうございます。
参考にします。

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【2597】宮城谷昌光氏の三国志
 白湯  - 2006/11/23(木) 14:16 -

引用なし
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   最近書店でよく見かけるんですが、宮城谷昌光さん著の三国志は皆さんご覧になってますか?
まだ全然進んでないみたいですけど、確か…4巻まで(?)出てるはずです。

お読みになった方は、是非ご感想を聞かせていただきたいです。

【2598】Re:宮城谷昌光氏の三国志
 巫俊(ふしゅん) WEB  - 2006/11/23(木) 17:14 -

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   ▼白湯さん:
>最近書店でよく見かけるんですが、宮城谷昌光さん著の三国志は皆さんご覧になってますか?
>まだ全然進んでないみたいですけど、確か…4巻まで(?)出てるはずです。
>
>お読みになった方は、是非ご感想を聞かせていただきたいです。

先月、5巻まで購入したところです。
宮城谷昌光の『三國志』は正史に準拠していて、しかも立伝されていない(もしくは立伝されているが、あまり知られていない)士大夫層や部将たちが、実際には歴史的に大きな役割を果たしていたということを、時系列的にして詳細を明らかにしていっています。

ただ氏の小説『三國志』は、歴史的証明を第一にしている訳ではないですので(そりゃ小説だから)、
正史の考察を趣味とされている方の手に由る、宮城谷の史料解釈の是非をお聞きしたいです。
宮城谷の解釈が、正史の本紀・列伝を辿ってみて、おおむね妥当と判断されたとき、宮城谷『三國志』が本当に評価されるようになるんじゃないかと、思いますよ。

まあ、逆に評価されなくなるって可能性もありますが。

【2602】Re:宮城谷昌光氏の三国志
感謝♪  白湯  - 2006/11/27(月) 0:19 -

引用なし
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   返信ありがとうございます。

どうやら今までにあまり無いタイプの、正史ベース三国志小説みたいですね。
今度1巻を見つけたら購入しようと思います♪

史料解釈の是非は、自分も気になるところですので、どなたか是非お願いします。


それと…
三国志にはあまり関係ないですけれど、光武帝関係の書籍を探してます。
塚本史氏の小説や、あとは後漢書ぐらいしか見つからないのですが
ご存知の方がいたらお教えいただけるとうれしいです。

【2603】Re:宮城谷昌光氏の三国志
雑談  清岡美津夫 E-MAILWEB  - 2006/11/27(月) 17:43 -

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   ごく個人的な経験を書きます。

宮城谷三国志についてどういった感想をもたれているのか、ネットでさらっと見てみると、私と似たように感じた人が居なかったもので、ごく少数意見として参考にしていただく、もしくは無視していただけると幸いです。

私は黄巾の乱勃発ぐらいに「文藝春秋」で宮城谷三国志を読んでいました。
といっても「文藝春秋」を買って読んでいたわけではなく、食堂におかれているものを読んだり、コンビニで立ち読みしたりして、結構、今、どのあたりの時代が描かれているのか誰が登場しているのか、楽しみにして読んでいました。

ところがちょうど皇甫嵩が長社で黄巾賊と戦っているくだりで、私は強烈な既視感に襲われました。
よくよく思い出してみるとそれよりすこし前に、後漢紀のその年月のところと後漢書の皇甫嵩伝を見比べて読んでいたところでした。前に読んだことがある、と思うのは当然だ、と感じだと同時に、私は宮城谷三国志に対し小説(作品)として楽しんでいるのではなくて歴史的事実を追って楽しんでいると知りました。
すぐにネットで他の読者の感想やらコメントやらを見てみると、そこには歴史的事実以外にも著者独自の視点やオリジナルな描写について書かれていました。
どうも私はその辺りのことを読み込めてないようで、宮城谷三国志を直接読むより読者たちの感想やコメントなど間接的な情報を読む方が興味深く感じました。
つまり私には読解力がないようで、そのときは史書の記述を時系列順に読んだ方が楽しめたようです。
それ以降、「文藝春秋」で宮城谷三国志を読むようなことはありませんでした。ちゃんと読み切れる自信がないという現れなのかもしれません。

次に宮城谷三国志を見る機会があったのは、いろんな三国志関連の創作物を見比べていたときです。
劉備が世に出始めた頃の描写に限定し、三国志およびその注、三国志平話、三国演義、吉川三国志、横山三国志、横山光輝三国志(アニメ)、秘本三国志、北方三国志、真・三國無双2、三国志大戦2などと共に宮城谷三国志も見比べていました。
それで宮城谷三国志の単行本3巻で該当する部分を探し出すと、私には単に三国志蜀書先主伝の注に引く典略だけを訳して載せているように見えました。
それでまたネット上の感想を見てみると、公孫[王賛]が[シ豕]郡の県令だったころ、劉備はどう感じていたか、など著者オリジナルの記述について書かれていました。
またも私は読み落としていたようです。
歴史的事実に忠実なものを見たければ究極的には史書や一次史料を見ることに勝ることはないわけで、そういった史料を元に何か論じたものを読みたければ論文なり解説書を読めばいいわけで、こういった歴史小説などの創作物は視点なり描写なり創作なり著者のオリジナルな部分を読みとれないのにあるいは楽しめないのに読むのは意味がないかな、と自分に対しそう思いました。
依然、私にとって直接、読むより、読者の感想を読む方が面白いです。それから楽しんで読んでいる方々がとてもうらやましいです。
どうも私には宮城谷三国志を読む資格はまだないようです。
期間をあけてからまた読んでみたいと思います。


それから以下、余計な話なんですが、この書き込み中で作品をわざわざ「宮城谷三国志」と書きましたが、実際は単に「三国志」と銘打たれています。
宮城谷三国志の作中の地の文で「『三国志』によると」てな感じで歴史書から引っ張ってくる文がたびたび登場します。「三国志」と書かれた本の中で「三国志」の記述を引用するだなんて混乱する読者はいないのかな、とお節介にもどぎまぎしてました(笑)

【3578】Re:宮城谷昌光氏の三国志
 スサノオ  - 2010/2/6(土) 10:52 -

引用なし
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   私も4巻途中までを読んで止まっていますが、中々に面白いと思っております。
曹操の祖父の時代の歴史背景などをしっかりと書き込んでいるので士大夫層と宦官・外戚との関わりの変遷と軋轢などの描写をみるに今までにない三国志小説だと思います。
読んでみても損はないと思いますよ。


▼白湯さん:
>最近書店でよく見かけるんですが、宮城谷昌光さん著の三国志は皆さんご覧になってますか?
>まだ全然進んでないみたいですけど、確か…4巻まで(?)出てるはずです。
>
>お読みになった方は、是非ご感想を聞かせていただきたいです。

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【3570】伝国の玉璽は今どこにありますか?
 kagaminokuninoAlice E-MAIL  - 2010/1/26(火) 7:37 -

引用なし
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   伝国の玉璽は、複製されながらも伝わったと聞きます。
清も持っていたと聞きます。
そうなると、その伝国の玉璽は、今どこにあるのですか。
北京?台北?それとも???
お教えください。

【3571】Re:伝国の玉璽は今どこにありますか?
紹介  清岡美津夫 E-MAILWEB  - 2010/1/26(火) 13:07 -

引用なし
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   ▼kagaminokuninoAliceさん:
>伝国の玉璽は、複製されながらも伝わったと聞きます。
>清も持っていたと聞きます。
>そうなると、その伝国の玉璽は、今どこにあるのですか。
>北京?台北?それとも???
>お教えください。

どうも初めまして、清岡と申します。
[#T3018]
[#T1662]
↑直接的な答えはないですが、話が進みやすいようにとりあえず参考になるツリーを二つ挙げておきます。

しかし、そこまで時代が降るととここの掲示板で聞く意味や効果がないような気がします。
まぁ、知っている方がいらっしゃれば、あっさり答えが返ってくるような気もしますが。


以下、管理系の話です。
[#T3018]のツリーを読んでいて気付いたのですが、kagaminokuninoAliceさんのメールアドレスが伊藤玲子さんと同じですが、ご本人でしょうか。
だとすると、
http://cte.main.jp/rule.html
「複数ハンドルネーム」に該当しますので、どちらかに統一して下さい。

【3572】Re:伝国の玉璽は今どこにありますか?
ひと言  NAGAICHI Naoto  - 2010/1/27(水) 0:43 -

引用なし
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   ▼kagaminokuninoAliceさん:
1924年11月に溥儀が馮玉祥によって故宮を追われたときには、行方知れずになってたみたいですよ。
http://baike.baidu.com/view/156804.htm

【3574】Re:伝国の玉璽は今どこにありますか?
 kagaminokuninoAlice E-MAIL  - 2010/1/27(水) 10:03 -

引用なし
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   ▼NAGAICHI Naotoさん:
>▼kagaminokuninoAliceさん:
>1924年11月に溥儀が馮玉祥によって故宮を追われたときには、行方知れずになってたみたいですよ。
>http://baike.baidu.com/view/156804.htm

ありがとうございます。これですっきりしました。
心から感謝します。 伊藤玲子

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【3556】『續後漢書』について
 にゃも WEB  - 2010/1/5(火) 12:30 -

引用なし
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   はじめまして、にゃもと申します。
ぼくは今『續後漢書』とその著者郝経について調べておりまして、なにかご存じのことがあればと思い書き込ませていただきました。

先日大学で『續後漢書』という本を見つけまして、どうやら三国時代を記した紀伝体の史書らしい。そこで興味を持ってネットなどで調べてみたのですが、ほとんど情報が見つかりませんでした。今のところわかった点では、元代に書かれたこと、蜀漢正統論に基づくこと、南宋代に肅常によって同名の史書が書かれていること、郝経がクビライに仕えていたこと、などの程度です。

なにぶんぼくが三国志・中国史に関して初心者であるため漢文も読めず、読めれば『元史』に郝経伝がありますし、『續後漢書』本文も読めるのですが・・・。
しかし『續後漢書』は目録を見ただけでも、その構成は『三国志』『後漢書』などに基づきつつ郝経独自の解釈が織り込まれており、新しい観点から三国時代を考えられないかと期待しております。

ぜひとも、ご存じのことあれば、宜しくお願いいたします。
失礼いたしました。

【3557】Re:『續後漢書』について
紹介  清岡美津夫 E-MAILWEB  - 2010/1/5(火) 19:40 -

引用なし
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   初めまして、清岡と申します。
すでにご存知かもしれませんが、一応、紹介します。

・寒泉
http://210.69.170.100/s25/index.htm

上記サイトで『四庫全書總目』内を検索できます。
まず左のフレームで「四庫總目」を選び「選項確認」のボタンを押し、
変わった右フレームで「全選以下各項」を選び、下の「檢索字串」直下の検索窓に「續後漢書」と入力し「開始捜尋」のボタンを押します。
そうすると、おっしゃっている元[赤β]經撰『續後漢書』や宋蕭常撰『續後漢書』の概要が出てきます。
ただ、漢文なので、読解する必要はあります。

何も読んでいない段階での個人的な直感ですと、[赤β]經は元代の人なので、「新しい観点」というのは変な話だと思いますが、もしかすると元代の考え方が反映されていると期待はできるかもしれませんね。

【3565】Re:『續後漢書』について
感想  にゃも WEB  - 2010/1/9(土) 15:00 -

引用なし
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   ▼清岡美津夫さん:
どうもありがとうございます!

教えていただいたサイトは恥ずかしながら、初めて知りました。
がんばって、意味を掴みたいと思います笑

【3566】Re:『續後漢書』について
多分…  さんがつ  - 2010/1/10(日) 12:32 -

引用なし
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   『續後漢書』は期待して読むとがっかりすると思います。
要は郝経が好き勝手に人物評を書きたかっただけのものですので、伝記そのものは他の史書の引き写しか、伝記そのものの記載が無い(!)かのどちらかです。

一部分だけ読んで飽きてしまったので実はおもしろい記述もあるのかもしれませんが、同じ時間を費やすなら他の史書を読む方がいいんじゃないかと思いますよ。

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【3563】諸葛亮と葛伯は?
教えて  cca_msv  - 2010/1/9(土) 0:48 -

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   諸葛氏は商の成湯に討たれた葛伯からの流れと思いますか?

【3564】Re:諸葛亮と葛伯は?
紹介  清岡美津夫 E-MAILWEB  - 2010/1/9(土) 1:25 -

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   [#T1189]←このツリーが参考になるかと思います。

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【3559】武器について
教えて  hacker  - 2010/1/6(水) 21:27 -

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   三国志で有名な武器といえば関羽の青龍刀、張飛の蛇矛といったものがありますが。実際にそのような武器を使っていたのでしょうか。教えて下さい。

【3560】Re:武器について
お答え  清岡美津夫 E-MAILWEB  - 2010/1/6(水) 21:33 -

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   こんにちわ。
[#T1443]←このツリーに答えが書いてます。

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【3553】曹操の墓発見?
 孫ぽこ WEB  - 2009/12/27(日) 22:42 -

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   http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091227-00000019-scn-cn

既出だったらすいません。

ヤフーニュースに曹操の墓発見とありました。60代男性のものとみられる遺骨が曹操だとしたら、曹操の実際の体型も明らかになりますね。

誰か詳しい内容を知っていたら是非お願いします。

【3554】Re:曹操の墓発見?
雑談  清岡美津夫 E-MAILWEB  - 2009/12/28(月) 0:07 -

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   ▼孫ぽこさん:
>http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091227-00000019-scn-cn
>
>既出だったらすいません。
>
>ヤフーニュースに曹操の墓発見とありました。60代男性のものとみられる遺骨が曹操だとしたら、曹操の実際の体型も明らかになりますね。
>
>誰か詳しい内容を知っていたら是非お願いします。

こんばんわ〜。

http://cte.main.jp/newsch/article.php/1539
↑とりあえず「三国志ニュース」で情報中継してみました。

『資治通鑑』巻第六十九魏紀一黄初元年二月条の胡三省注で曹操の遺令や令を引いて陵墓の場所が示されているんですが、今回の河南省安陽縣安豐郷西高穴村はそれと合っている感じですね。

・『資治通鑑』巻第六十九魏紀一黄初元年二月条(胡三省注)

丁卯、葬武王于高陵。(高陵、在[業β]城西。操遺令曰:汝等時時登銅雀臺,望吾西陵墓田。魏紀載操令曰:規西門豹祠西原上為陵。)

Googleマップでは西門豹祠の西に西高穴村があります。

【3555】Re:曹操の墓発見?
 孫ぽこ WEB  - 2009/12/28(月) 0:43 -

引用なし
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   おっ♪さすかですね。すでにサーチ済みですか。

枕流亭ブログを見る限り、期待が持てそうですが、ただ中国のやることは日本の常識では図れない所がありますからねぇ^_^;。

続報待ちという所でしょうか。

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