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小説を書かれているとのことですが、どれだけに史実に即すかかは作者の
自由だと思います。一応歴史書の記述や三国演義の設定について私の
思いついた範囲でお答えします。
> 最初は曹丕を主人公に官途の戦いを書こうと思ってたんです。でも計算してみると、官途の戦いの段階で、彼はまだほんの幼い少年だったのです。「初陣にしては早すぎるし、第一こんなに幼い少年に思想なんてない」という理由であきらめました。
実は三国志文帝紀に引用される「典論」の曹丕の自叙伝によると十歳の
ときに宛城で曹操が張繍に敗北した際に馬で脱出したとあります。厳密には
初陣とは言えませんが、戦場経験はこのときが初めてでしょう。
(それ以前にも常に父と一緒に従軍していたとあります)
三国演義では第32回で曹操が審配の守る[業β]城を攻めた際に初登場し
従軍しています。これが演義での初陣となります。
> 官途の戦いは200年のことです。で、曹丕と甄氏が出会うのは、曹操がキ州を平定する、207年という設定で書きます。
曹操が[業β]を落としたのが204年ですが、このときに三国志文昭甄皇后伝に
引用されている「魏略」によれば曹丕は袁紹の劉夫人と共にいた甄氏と出会い、
その容貌を見て妻に望んだとあります。演義でも大体同じ設定です。
> この段階で、帝がいる場所って、許昌でいいのでしょうか?
献帝は197年に曹操に許に迎えられてから220年の漢王朝滅亡まで
基本的に許にいると思います(たぶん)。
> あと、物語は曹操と曹丕の語らいから始まります。この会話は許昌でなされていてもおかしくないでしょうか? まさか200年から七年間、曹操は帝から離れていたとはおもえないので……
これは色々な見方が出来ると思います。自分は204年に[業β]を落とした後、
曹操は本拠を許から[業β]に移したように思えます。
それ以降帰還したと訳の上でも書かれていますので。それ以降は許に赴いた
としても一時的なのではないでしょうか。
また[業β]は河北なので雪は降ると思います(乾燥した気候なのでどのくらい
降るのかは分かりませんが。。)
また時代は気候が寒く、文帝紀には曹丕が孫権を攻めるために広陵に
滞在した際、水路が凍結して船が通れなかったとあります。
(揚子江近くで川が凍るなんてすごいですね!)
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