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論点には関わらない(はず)ですが、思ったことを。
>ですが、劉備の身辺警護を任されています。
>特筆するような武勇は無いにしろ、関羽・張飛が納得できる
>個人的な武勇は持ち合わせていたのだと推測できます。
これは的を射ているものと感じます。
関羽・張飛の武勇は否定しようがないですから。
(関羽・張飛の武勇は相対的にどの程度のものだったかという推測では各人考え方が異なることと思います。)
納得していた可能性ですが、高いと思います。
張飛あたりが内心不満を思っていたりとか、「この〇〇が」と軋轢があったとか、あるいは時間の経過で「納得」度合いも変わってくるとは思いますが。
やはり、相対的に納得してたんだろう。というくらいしか分からないですよね。
>呉での婚姻の時でも身辺警護を任されていたようなので
>相手に失礼の無い行動が出来る礼節をわきまえ、
>不測の事態にも対応できる人物と評価されていたのだとも推測できます。
許チョの類であると想像すると、礼節があるってイメージがし難いですね(^^;
許チョのイメージに引きずられているからですが、
「礼節」となると、演義の趙雲のイメージに引きずられているんじゃないかということは再三思ってしまいますよ。
>簡単に「武勇は無い」と言い放つのは
>あまりにも無配慮な事だと思います。
ひとそれぞれの意見だと思います。
ペテン師さんのご意見は辛らつかもしれませんが、納得できなければ聞き流すこともできますし。
よく聞くと、趙雲に最低限の武勇があったことはペテン師さんもご同意のようですよ。
泡立てたものに泡立てると、もっと泡が立っちゃいます。
>別伝が家伝かどうかは、わかりません。
趙雲の縁者以外の人が、趙雲の事績を集めて書いたとしても、「家伝」と称することができるんじゃないですかね。
>おそらく、「ゲームや小説のような趙雲を想像するな」と
>言いたいのだろうと思います。
>史書からどう読み取るかはペテン師様の勝手です。
>ですが、その勝手な評価を他人へ押し付けるのはやめたほうがよろしいと思います。
ゲームや小説のような想像を持って正史の考察に入るのを、先入観と呼びます。
先入観で議論すると砂上の楼閣です。
先入観をもっている人が、辛らつな意見に反発しているという構図のようにも見て取れますが。
かたくかたく戒められることとは思いますが、小説と正史を比較するのは楽しいですよね^^(←はなしずれた)
>正史をバカ正直に読めば、趙雲は許チョや典韋と同類だと思われます。
>劉備の近衛隊長と思ったほうが自然ではないでしょうか?
>そうであれば、地域の統括職に就く必要はありません。
近衛隊長を将軍・司令官の類としてどう評価するかは、各人のご高見をお待ちしたいです。
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