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負水灌火(仮題) |
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<<小説本編の入り口へ戻る <<● (作品をお読みになる前に)このコーナーでは小説が完結するまで連載していくというコーナーではなく、実際の書きかけの小説を不定期に公開するコーナーです。新たに書きかけの小説を掲載する際にはそれまでの書きかけ小説をサイト上から消すという方式です。だから、誤字脱字があるかもしれませんし、ストーリー的に完成作品よりおかしいところが多いかもしれません 私は常々、完成した作品、もしくは完成を前提とした作品(連載)を誰かに見せる以外にも、制作途中にある作品を見せる表現方法も「あり」かなと思ってました。そうすることで、より制作者の創作に対する思考過程に肉薄することができ、おもしろいかなと。 このコーナーはその思いを試すという、私の中できわめて実験的なコーナーです。なので、コーナー自体、消えるかも知れませんが、しばしお付き合いのほどを。 なお、ここに展示している作品はいつか完成させるつもりですが、完成した作品は二度とこのコーナーに戻ってくることはなく、どこかで公開されると思います。 では、本編をごゆっくり、どうぞ。 |
男の瞳に城壁が小さく映っていた。 そして、男は開いた右手を前に出し、城壁の光景をその手でにぎる仕草をする。これが第二段階かと、男は興奮で身を震わせていた。だが、今まで決して楽な道のりでなかったと、男は昔を振り返る。 「すべては、あのお方がやつらに捕らえられたときから始まった…」 男の強き思いは口から漏れ出ていた。 男の心中の人物が捕まったとき、男はその場に居合わせてなかったが、男ははっきりとその光景を思い浮かべることができた。心中の人物は、捕まってすぐにその体を車で裂かれたという想像しやすい事実があったからだ。 「馬元義様…」 男は感極まり、心中の人物の名をつぶやいた。馬元義と呼ばれる人物が殺されたとき、男は集めた信者たちを業という邑(まち)へ率いようとしていた。ところが急にもたされた、馬元義が亡くなったという報に、男の取り巻きは騒ぎだし、ついには一部の信者たちが生まれ故郷へと帰りはじめた。男は馬元義の命令を忠実に実行することに長けていたが、不測の事態に対応する才や混乱の組織をまとめる術をもっていなかった。 その際、男の直属の部下は誰もこの事態を止めようとする者がなかったので、自然と信者たちの集まりは崩壊した。男は当時、馬元義がなくなったことで心の支柱を失い、信者たちが離れていったことで食い扶持の支柱を失った。 男はその絶望の時をはっきりと覚えていた。なぜならその四日後に男は今につながる重大な決心をしたからだ。それはいつか馬元義の成せ得なかったことを彼自身が成し遂げようとする決心、すなわち、男が信者たちを新たに集め、京師を攻め落とすという決心だった。 その決心の表れとして、男は馬元義の姓を貰い、「馬信議」と改名した。しかし、馬信議と名乗りはじめた男はすぐに行動を起こそうとせず、廬江郡の山野で時を伺っていた。 それから暑い季節が来て、寒い季節も来て、再び暑い季節が通り過ぎ、寒い季節が近づきつつあったときに、馬信議は動き出した。 馬元義と同じ方法で信者を集め、そして各地から敗れ流れてきた信者を吸収していく。 馬信議の興味がなかったことだが、それより一年前に教祖が亡くなり今や信者たちはまとまりのない集団になっていると、彼は聞いている。だが、彼自身の組織を大きくするにはそれをも利用する覚悟があった。 信者で膨れに膨れた馬信議の組織を、彼は一つの明確な目標をうち立てることで、律しようとした。大目標が京師を攻め落とし、新たな秩序を四海(てんか)へと広めること、目先の目標が県府のある城を乗っ取ること。 行き場のなかった信者たちの力はその目先の目標で解き放たれ、いとも簡単に近くの城を乗っ取る。 そして、今、馬信議は信者を率いて郡府のある城を襲撃しようとしている。 「あの城邑の名は、舒。やがて我ら、馬元義の弟子たちの踏み台になる城邑」 信議は声を漏らした。その声は妖しく辺りに響いていた。 北からの風がいよいよ冷たくなり始めたころ、県吏(やくにん)姿の若者が、邑(まち)の大通りを歩いていた。 この邑は寿春と呼ばれる古都で、廃れることなく、今なお、いにしえの威厳を保っていた。そのため、日が中空にある頃、その大通りには大勢の人が歩いている。 一見、大人びた威厳をもつが、まだあどけなさの残る若者はその間をかきわけるわけでもなく、流れに逆らわず、のらりくらりと歩いている。 そんなとき、若者は背後から右肩を小刻みに叩かれる。 「呂子衡さんではないですか。こんなところで会うなんて奇遇ですね」 肩を叩かれた若者が振り返った先に、ひとまわり年上の女性が立っていた。すぐに若者は「呉江姫さん」という名を思い浮かべる。若者が尊敬する「孫文台」という人物の妻にあたる女性なので、忘れようがなかった。すぐに若者は話し出す。 「どうも、こんにちわ。確かに奇遇ですね。この大きな寿春の邑で偶然、会うなんてめったにないことですから」 そう言いながら、若者は笑顔で礼をした。少し遅れて呉江姫という名の女性もお辞儀をする。彼女は顔を上げたとき、何かを思い出したかのように胸の前で両の手のひらを叩く。 「そうそう、呂子衡さん、このたびは、うちの息子の策がお世話になります…」 そう言うと、また江姫は呂子衡という名の若者にお辞儀をした。 呂子衡は内心、戸惑っていた。江姫にお礼を言われる覚えがなかったからだ。彼はすぐに記憶を辿る。呉江姫とその夫、孫文台の間にできた息子といえば、三人、居たはずだが、策という名は確か、長男で、十歳過ぎたぐらいの年齢だ、と彼は思い出している。そして、彼がここ数日、その策という名の息子と会ってないことも確かだ、と覚えている。 子衡がきょとんとしていることを見てとり、江姫は思い出させようとする。 「ほら、策を旅に連れて行ってくれるのでしょう? もうあの子ったら、一ヶ月ぐらい前から旅に出たい旅に出たいってうるさかったんですよ。でも、一人で行かせることなんてできないでしょ? だから呂子衡さんが一緒に行ってくれるって聞いたときは、とても安心しました……」 江姫は矢継ぎ早に話していた。子衡は自らの直感にしたがって、思い出したというような笑顔でうなづき続ける。だが、彼にとって彼女のいうことはまったく身に覚えのないことばかりだった。とにかく、ぼろが出ないうちにその場を立ち去ろうと彼は決心する。 「それはそれは……こちらも嬉しくなりますね……では、急ぎますので私はこれにて…」 子衡は江姫に気付かれないように表情や仕草の一つ一つまで気を配っていた。そして軽い会釈でその場を立ち去ろうとする。しかし、江姫は引き続き、話そうとする。 「今から旅立つんですね? そしたら、あの子ったら、よほど、この旅を楽しみにしてたんでしょうね……今朝早く、家を出ていったのですよ。いくら何でも早すぎますが、あの子にしてみれば、待ちきれないって心境だったんでしょうね……あ、私と話していて遅れたなんて、あの子に知られたら後で何を言われるかわからないので、どうぞ、いってらっしゃいませ」 江姫は照れ笑いをしながら、別れのお辞儀をすました。子衡はさっきまでの足取りと違い、人をかきわけながら、まっすぐ大通りを進む。別に、あてはなかったが、とにかくその場を離れたいと彼は思っていた。 足をせわしく動かしながらも、子衡は、とんでもないことに巻き込まれているのではないかと不安を抱いていた。先ほどの江姫の話によると、どうやら、彼自身が彼女の息子である孫策を旅に連れ出していることになっているらしい。それも、孫策が今朝早くに家を出ていると彼は先ほど聞いていた。彼はそこから判断して、それが単なる子供の冗談や悪戯の類ではなさそうに思えていた。 とにかく、他人事では済まされそうにない、と感じた子衡は足をとめてその場で考え込む。そういえば、ここはどこだと彼は面を上げ辺りを見回す。そうすると、先ほどの場所より賑やかなところにいることに彼は気付く。 そうだ、俺はいつの間にか市場に出ていたんだ、と。 まったく、かなり遠くまで歩いてしまった、と子衡は愚痴を一人こぼしていた。しかし、そこは彼が思い悩んでいたことを解決できる場所かもしれない、と彼はひらめく。 子衡は少し歩き、とある店の前で足をとめる。客らしき人が何人かいるなか、彼は一人の人物を見かける。いきなり、店頭で会えるなんてついている、と彼は心中、喜ぶ。 「孫幼台どの」 子衡の呼びかけに孫幼台と呼ばれる、ひとまわり近い年上の男は振り返った。孫幼台は孫策の叔父にあたり、また呉江姫の義弟にあたる人物だ、と子衡は覚えている。 孫幼台は客の肩越しに子衡へ返事する。 「呂子衡どのではないですか。私はてっきり孫策ともう出発したと思いましたよ」 賈人(しょうにん)特有の笑みを浮かべながら、孫幼台はゆっくりと店先に立つ子衡の元へ歩いた。続けて幼台は一礼し、遅れて子衡も一礼する。 「出発? もしかして、あなたも私が孫郎を連れて旅にでるとお思いですか?」 子衡は不安が現実になるのを感じていた。孫策が彼の尊敬する人物の息子であることから名指しせず「孫郎」と彼は敬意を込めて呼んでいたが、内心、孫策に対し腹立たしさを抱きはじめていた。 一体、孫策はどういうつもりで俺の行動を偽って言いふらしているんだ、と子衡は苛立ち始めている。 「ええ、私は孫策や義姉(ねえ)さんからそう聞きましたが……違うのですか?」 幼台は丁寧な口調で返事をした。子衡は、その声で物思いから我に返り、幼台にそれを悟られてなかったかと照れている。子衡は気を切り替え、話し出す。 「違います。呉江姫さんからもさっき同じことを言われました。だけど、そのときはよく状況を掴めなかったから、はっきりと正しいかどうか言わずに別れました。はっきり言って、俺、困惑してます」 子衡は眉をひそめ、幼台に訴えかけるような視線を送った。 幼台は店頭の客を気にしながら子衡の肩に手を置き、一目のつかない店の側の横道へといざなった。その薄暗い中で幼台は壁に背中からもたれかかり、子衡と同じ様な険しい表情を返す。 「よく状況をつかめなのですが……とにかくあなたは困っているということはわかりました。どうか、落ち着いて話してください」 幼台は言葉の最後に、賈人のそれとは違う微笑みを子衡に向けた。子衡は少し安心した様子で、一旦、深呼吸をする。 「私は孫郎と十数日も会ってないですし、それに俺は旅にでる予定なんてありません。初め、呉江姫さんから聞かされたときは、子供がよくやる、その場しのぎの言い逃れで孫郎は嘘をついたと思ったのですが、あなたにまで孫郎は嘘をついたんでしょ? そしたら、それは計画的に俺を陥れようとしているってことじゃないですか!」 一旦は穏やかになっていた子衡だが、言い終える頃には再び興奮し声を荒げていた。幼台は朗らかな表情を崩さない。 「例え相手が子供でも、一方的に決めつけるのはどうかと思います……まずは本人に確認しないと…」 幼台は落ち着いた調子で話した。幼台の平然とした態度に子衡はおのれを省みたかのような恥じらいをみせ、一呼吸をおいて話し出す。 「そのとおりかもしれません……まずは俺が孫郎に話を……そういえば、やつはどこに?」 子衡は話している途中で、思いついた疑問をそのまま口に出していた。 幼台は、顔を横にふり、「知らない」という素振りを見せながらも、両腕を組み、考えている素振りを見せていた。それでも彼はぼそぼそと口を動かす。 「子供のいたずらだったら、夕方には戻ってくるでしょうが……私の知っている甥っ子なら、その程度の嘘はつかないような気がします。それに私の知る限り、近頃、孫策が旅に出たがっていたことは確かですし…」 幼台は孫策について手がかりになりそうなことをなるべく話していた。 子衡がしばらく考えた上で、「行きそうなところは特に思い当たりません」と言おうとしたとき、店の方から小さな人影がやってくる。 二人ともはっとなり、薄暗いところから光の射し込む方へと目をやる。二人の眼差しの先には、十歳ぐらいの男の子が立っていた。子衡は、ちょうど影になっている男の子の顔をまじまじと見つめる。歳は孫策と同じぐらいだったが、それはまったく違う、おっとりとした雰囲気の男の子だった。 「父さん、策のことなんだけど…」 その子は幼台にそう呼びかけた。子衡は幼台とその子が親子であることを知る。幼台は壁から背中を離し、一歩、その子に近づく。 「なんだ、ロ(こう)、盗み聞きは良くないぞ……まぁ、策のことで何か知っているんだったら、詳しく話して欲しいな」 幼台は父親らしく、厳しい顔、優しい顔と順々に見せていた。ロと呼ばれた男の子はこくりと頷く。 「策は内緒だって言ってたけど、まさか本当にするなんて思ってなくて……策のやつ、舒へ行くって言ってたんだ」 ロはうつむきながら告げた。 「舒だと?」 幼台と子衡の二人は上擦った声を同時にあげた。直後、二人は互いの顔を見合わせる。子衡は幼台も同じことを思ったのだろうと察する。舒はここ寿春より南へ四百里以上、先にある城邑である。そこへ行くだけであれば、二人が驚くことでもなかったが、半月ほど前から、その城邑は黄巾と呼ばれる賊徒から攻められていたことを子衡は知っており、孫策の身の危険を案じたからだ。子衡は、幼台が同じことを案じているのか確かめたくなる。 「舒で何が起こっているのか知っているのですか?」 子衡は幼台に顔を向けた。子衡の意図を幼台はくみ取る。 「私は、はるか南の富春に本店がある賈人です。ここと富春の間にある舒のことは商売上、知っていなければならないことなもので……黄巾なんて、一年前まではるか西やはるか北の出来事と思っていたんですが、かなり東や南へ主戦場がうつったみたいですね、商売あがったりで困ったものです」 幼台は苦々しく語った。 子衡は幼台の側で叱られまいかと怯えているロに気付く。子衡は一歩近づき、中腰になる。 「ロとかいったよな、おまえ……策のことを教えてくれてありがとよ。なーに、策のことは心配するな。俺に任せておけ」 子衡は満面の笑みを見せ、ロの肩をぽんと叩いた。ロは笑みを返す。 「父からも礼を言うぞ……ありがとう。よく言ってくれた。もう下がっていいぞ、ロ」 幼台もロに笑顔を見せた。ロは元気良く返事し、店の方へと戻っていく。 それを見送ることなく、幼台は、腕を組み、再び壁に体を預ける。子衡の視線は鋭く幼台のその姿に向けられている。 「ロの言ったことが本当かどうか、あまり確かめずに帰したんですか……まあ、その様子ではもう確信があるようですね」 子衡は明確な理由を持っていなかったが、なぜか幼台が悟っていると強く信じていた。 幼台の姿勢はそのままで動く気配がなかったが、彼の唇はゆっくりと動く。 「孫策は変わった子供で……普通、子供の自慢話だと嘘が混じったり大げさになったりするのが当たり前ですが、孫策にはそれがまったくありません。多分、孫策がうちのロに言ったのは自慢話の類で、まるっきり装飾のない真実です。それに、知っての通り、あいつの家族は東の下丕から黄巾賊に追われ、この寿春へ引っ越してきました……そのとき、よほど黄巾賊から家族を守れなかったことが悔しかったのか、いつか反乱討伐の役に立ちたいと孫策は言ってました。だけど、なぜか数日でそんなことは一言も口に出さないようになって……おそらく今朝、旅立つときのため、胸中に秘めてたのでしょう」 幼台はうつむいたまま、つぶやいていた。子衡の疑問はまだとけない。 「それだったら、依然、黄巾賊の反乱が続いている下丕に旅立ってもいいようなものでしょ? なぜ、南の舒なんですか?」 子衡はまだ鋭い眼差しを幼台に向けていた。幼台は考え込んでいる様子のままだ。 「下丕での黄巾賊は徐州全体に反乱を広げているほどだが、舒はせいぜい二つの県をまたいでいるだけです。向こう見ずな孫策でも、そこらの分別はできるようですね…」 幼台の言動はとてもおだやかなものだった。それに対し、子衡は居ても発ってもいられない様子で、落ち着きがない。 「俺、決めました。舒へ向かって、孫郎を連れ戻してきます」 子衡の力強い声が辺りに響く。幼台はようやく面を子衡に向ける。子衡はそれを認め、話を続ける。 「実は俺、舒に行くかどうか迷ってたんです。県令さまが昇進の機会にと、舒への偵察任務をやってみないかと、俺に話を持ちかけてきたんです。それだけ期待されているんだなと嬉しい反面、そんな任務、こなせるか不安で不安で……」 子衡は幼台に心の内をあかした。子衡の目は幼台ではなく、ここに至るまでの光景に向けられている。任務を受けるか受けないか、その迷いにより先ほどまで、意味もなく大通りを歩いていたことに。 そして、今、孫策を探し出す件により、子衡の心は一つに定まる。 「孫郎は馬に乗って舒まで行っているでしょうが、何としてもそれまでに追いついてみせます。まあ、そのときには説教の一つもしてやりますが……とにかく、俺は急ぎますので、これにて失礼します」 少しでも時が惜しいと、子衡はその場を急いで発とうとした。しかし、すぐに幼台に背後から肩を捕まれる。子衡は咄嗟に振り返る。子衡の視線の先には、幼台の賈人らしい笑顔があった。 「黄巾賊がどこまで潜んでいるかわからないうちに、舒へ向かうのは危険ですよ」 幼台は穏やかに伝えた。子衡は苛つく様子を隠そうとしない。 「それを見極めるのが私の任務です。それは覚悟の上です」 子衡の声に厳しさが混じっていた。それでも幼台は態度を改めない。 「富春孫家の商売網を頼れば、あなたの身はまだ安全だと言いたいのです」 幼台はさらりと言った。子衡は耳慣れない言葉に戸惑う。 子衡が知っている「富春孫家」とは、はるか南にある富春という邑(まち)を本拠にした孫氏のことである。幼台も、孫策の父、孫文台も富春孫家であり、孫文台は官吏(やくにん)であるため例外だが、その他の人間は全員、賈人であると、子衡は耳にしたことがある。確かに幼台がここ寿春まで商売の手を広げていることから、その商売網は広く張り巡らされているのだろう。それは子衡が所属する一介の県府より頼れるものに違いがない。 「確かに身の安全が保障されるでしょうが、俺が富春孫家に頼る道理がないし、ましてや関係がないでしょう」 子衡は一刻もはやくその場を発ちたがっていた。幼台は一笑する。 「私があなたに同行するとなると無関係ではいられないでしょう」 幼台の一言に子衡の表情は一変した。 「同行? あなたは舒に行くと言うのですか?」 予想外のことに子衡は先を急いでいることも忘れ、狼狽した。幼台は優しい眼差しを向けたままだ。 「はい、舒へ行きます。私と兄は違う道を進んだとはいえ、同じ富春孫家です。だから、甥のしたことは、私の責任でもあります。それにできれば義姉さんに知られるより早く、孫策に帰ってきて欲しいですし……」 幼台が話している最中に子衡は口を挟もうとする。 「ですが…」 何かを言おうとすると、子衡は幼台の鋭い眼差しに気付き、思わず言葉を飲み込んだ。それは子衡が寒気を感じるほどであったが、すぐに幼台の顔は何事もなかったようにいつもの穏やかなものになっている。 「それと、黄巾賊には富春孫家の商売の縄張りを荒らされたという貸しがあります。この機会に返してもらった方が良いでしょう」 幼台の言動の穏やかさとは対照的に微笑む目の奥には異様な鋭さがあった。子衡は怖さを感じるより頼もしさを感じる。 「では、喜んで同行をお願いします……俺は県府に任務を引き受ける旨を伝えにいきますが、その後すぐに出発できるでしょうか?」 子衡の決意は彼の口から滑らかに出た。 すぐに幼台は返事を返す。 二人の足取りは同時に表通りへと向かった。 |
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