憧れのもとに   一二
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<<一一


   二人の小男(おとこのこ)は通りを急ぐ。それぞれの両手に甕(かめ)が抱えられていた。
   右の小男、周瑜は進む先に小男の一団を見かけた。ちょうど左側の家の前に固まっている。彼が何気なく数えると八人いた。
   その小男たちの足下に甕のようなものがおいてあるので、周瑜はそれが城邑の消火活動に従事する一団だと知り得た。
「周郎、ようやく仲間たちのところへついたようだな」
   孫策は歩みを止めず、右隣の周瑜に声をかけた。
「そのようだね…」
   瑜は生返事をしていた。
   小男たちの元へ近づきつつも瑜はある思いに捕らわれている。その小男たちが自分の顔なじみじゃないように、という瑜の思いだ。

   瑜は歩く。

   瑜は、自らの願いがあっさりと裏切られたことを痛感した。近づいて見えてくる一団の一人一人の顔。どれも彼にとって見覚えのある顔だった。緊張で彼は、体が硬直している心地がしていた。
   一人が近づく瑜たちに気付く。
「なんだ、周家の坊ちゃんじゃないか」
   一人の小男がそう声を上げると、他の小男も次々と瑜の方へ振り向く。
「そうだよ。母ちゃんの元でちゃんと隠れてなきゃ、黄巾賊に襲われるぞ」
   と、もう一人の小男が半笑いでいうと、その一団だれもが一斉に笑いだした。
   その様子をよく飲み込めてないのか、策がこちらの顔色をうかがっているのを、瑜は視界の左端で知り得ている。まだ大丈夫だ、と瑜は心の中で自分に言い聞かせる。
「黄巾賊は一度、西の城門を破ったけど、まだこんなところまで来ていない」
   瑜は表情をこわばらせ、素っ気なく答えた。
   一団は笑い声を止める様子はない。
「そんなのどうでもいいよ。なんで、坊ちゃんがここに居るんだ?」
   また別の一人がまとわりつくような声を出していた。
「僕は城邑のために来たんだ。まだ城の西側は燃えている。だから今から、それを消しに行くんだ」
   瑜は決然と答えた。しかし、その意を一同は誰一人、解そうとしない。
「周家の資産なら、士の身分だろ?   俺たちのところにくるなんて変だ」
   と一団の一人。
「そうだ、おまえみたいな坊ちゃんが来るようなところじゃない!   帰れ!」
   最初の小男が突然、声高に叫んだ。
「そうだ、帰れ!」
   誰かがまた声をはりあげた。
   「帰れ」の言葉はいつしか一団の口々から繰り返し発せられるようになる。「帰れ」の合唱だ。
   瑜は甕を持って直立したまま、無表情を崩そうとしない。ただ、彼にとって痛々しい声がまわりにあふれていた。
「おいっ!」
   そう大声を出したのは策だった。彼ら二人の前にいる一団の言葉は一瞬で消え去った。
   策はきびきびと甕を地面に置き、大きな身振りで一団の注意を引く。
「おまえら何、いってんだ?   家なんて関係ないよ。周郎自身がこの城邑を救う力になりたいって思ってるんだ。それなのにおまえらの態度はなんだっ!」
   策は一団の中の一人をにらみつけ、全員を一喝した。
   しばらく沈黙が続くも、にらみつけられた一人が反論の口火を切る。
「これは俺らのことだ。おまえのような知らないやつに言われたくない。それにおまえ、そんな偉そうな口、きいて、何者だ?」
   一団の一人は策の元へ一歩、近づいた。
「目の前で正しくないことが起きれば、俺だったら口出しする……」
   策の声には怒りが込められていた。だが、それを晴らす前に他の一人に口を挟まれる。
「おまえ、周家の従者だろ。そんな汚い身なりの従者を使うなんて、周家もたかがしれて……」
   声のした方へ策はにらみを移した。声の主は思わず言葉を飲み込んでいた。

   いざこざの当事者である瑜は言葉を失っている。その反面、帰れと言われたときよりは事態を彼は飲み込めている。
   同じような境遇の集まりが友達同士になる。これは瑜にとってわかりきったことだ。だけど、子どもたちの集まりは、暗に大人たちが日頃、子どもに言い聞かせているからなりたっているんだ、ということも彼は知っている。彼自身、いざ、市井の子と遊ぼうとすると、後で「あの子と一緒に遊んじゃだめ」と母親から言われていたし、よく大人の都合はわかっている。
   聞き分けのない子と言われてしまうと思いつつも、本来、子ども同士だけであれば、わかり合えるはずだ、と瑜は無邪気に信じている。だから、知らない子どもの集まりだと、うまくその集まりの指導者になれる、と彼は考えていた。周家の子だったら、生まれついた才能ですんなり指導者になれるんだから。だけど、運がないことがおこる。彼のことを知っている子どもたちに出会ってしまった。そして、彼の予想通りの展開になっている。
   ところが、ここに策がいた。それが予想外の展開になっているらしい、と瑜は状況をなんとかつかんでいた。