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http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=one&no=176&id=
↑はい、ここの続きです。
「沈瑩臨海水土志」という書物に載っていたという記述。
(この書物って、部分的にしか現存してなさそうですね)
沈瑩が書いた臨海(郡)の地理記って感じでしょうか。
辞書片手にちょいと訳しますです。
夷洲在臨海東南、去郡二千里。土地無霜雪、草木不死。四面是山谿。
夷洲は臨海郡の東南二千里にあり、土地に霜や雪はなく、草木は死なない。四方は山と谷だ。
……とここまでが、夷洲(ここの距離とかの記述が多分、台湾とする根拠)の土地柄の説明かな、ここからが陸さんご質問の「台湾にはどんな民族が住んでいたのか」にあたるとおもいます。
人皆コン(ひげがしらに几)髮穿耳、女人不穿耳。土地饒沃、既生五穀、又多魚肉。有 犬。尾短如麕尾状。
人は皆、髪を剃り、耳たぶに穴を開けていて(辞書ではその穴に玉を入れる?)、女性は耳に穴をあけない。土地は肥沃で元々、五穀(辞書によると麻、キビ、アワ、麦、豆)が生えていて、また、魚肉も多い。犬がいて、尾が短く、のろ(辞書によるとしか科のけもの)の尾みたいだ。
此夷舅姑子婦臥息共一大床、略不相避。地有銅鐵、唯用鹿格為矛以戰鬥、摩礪青石以作矢鏃。
この異民族の舅、姑、子と嫁は一つの大きな寝床で眠り、ほとんどお互いを避けようとしない。土地に銅鉄があって、ただ戦闘においてシカの角を矛として使い、摩礪青石(?)で矢じりをつくる。
取生魚肉雜貯大瓦器中、以鹽鹵之、歴月所日、乃啖食之、以為上肴。
生の魚肉を取り、大きな瓦器(かわらのうつわ?)の中に塩をいれて混ぜて蓄え、一月と数日を経て(訳、自信なし)、うまいごちそうと思い、むさぼり食う。
……こんなところでしょうか。
訳にまったく自信がないので、漢文もおいてみました。
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