わかれ目   〇一
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   転がる死体。

   ここは人通りが多くないが、普通の通りだ。

   その背中に広がる赤い染みと、どこを見ているかわからない目以外は、生きている者と変わらない。むごたらしい。無実の罪かもしれないのに。
   転んだだけよ、と言いながら今にも立ち上がりそうだ。生きていれば、高貴な裳衣(いしょう)が女性を運んでいる、なんて思ってしまうんだろう。
   生きているのと死んでいるの、どこがわかれ目だ?
   実際、目にしていることなのにとても信じられることじゃない。

   私の目に、赤い染みが衣装の上でどんどん大きくなっている様子がうつる。


「よそ者か?」

   後から声をかけられ振り返る。そこには一人の男。私よりいくつか歳を重ねている。壮年だ。左手に刀を持っている。
   その身なりを一瞥すると、まず腰の位置から青い絹が目に付く。それは青綬と呼ばれるもの。
   男は朝廷(くに)の人間。しかも、高い官位だ。

「私が来たときから、そこに人が倒れてました」
   すぐに言い訳を口にしてしまうなんて、情けないが、あらぬ疑いをかけられ、いざこざが起こるよりましだ。

   男は片眉を上げる。
「わかっているよ。おまえさんが殺したなんて思っちゃいない。まだ、ここに死体を見て、驚き立ち止まる者がいたなんて思わなかったからな。珍しいもんだから声をかけた」
   そういうと、男は涼しげな笑みをみせた。

「話にはきいてました。だけど、いきなり死体なんて目の当たりにすると、見て見ぬ振りなんてできません」
   そう、話には聞いていた。私が京師(みやこ)を離れていたのは、たった二日。それだけなのに道ばたで遺骸が横たわっていても誰も驚きもしないようなことになるなんて。

「おまえさんも官吏(やくにん)だろ?   驚いている場合じゃないことはわかるはずだ」
   男は冷たく言い放った。
   男の言葉で思い出す。今、私もこうをつけている。ただ、男のように青綬じゃなく、黒綬。男の方が官位は高い。
「それはわかっています。私は諫議大夫という政治に大きく関わる官職です。だけど、実際に起こっていることを実感できずに良い働きができるとは思いません」
   私の言葉に、なぜか男は片方の口の端をあげ、静かな笑みをみせた。
「やはりおまえさんが朱公偉だな」
   男の口から出たのは私の名前。なぜ、私の名前を?