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リンク:国学導航 四部索引


  • 2009年11月 1日(日) 00:03 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    3,656
歴史 ※関連記事 第33回 秋の古本まつり(京都古書研究会)

 上記関連記事にあるように「第33回 秋の古本まつり」に行っていて、仏教関連に力を入れている古書店が結構、あった。そこで何となく下記の関連記事で触れた『高僧伝』があったら良いな、とぼんやり思いつつ本棚を眺めていた。

※関連記事 高僧伝(一)(2009年8月18日)

 三密堂書店のところで鎌田茂雄/著『中国仏教史』 (岩波全書 310)が2000円で売られていて、中身をちょっと読んだけど、『後漢書』やら『三国志』やら史書の記述に基づいている感じだったから(当たり前だけど世の中にはこれができてないのもあるので)、買おうか迷っていた。

 よくよく考えてみると、例え『高僧伝』があっても、三国時代前後の記述ぐらいしか読まないだろうから、猫に小判だろうし、何か買うのを思いとどまる。
 と言うのも、あるアイディアを思い付いており、ノートPCを起動し、ローカルに保存した『太平御覧』で「高僧傳」と検索し、そこに出てくる文を検索語句にして、ネットで検索する。それは下記の関連記事にある方法の応用だ。

※関連記事 リンク:中国盲人数字図書館 電子図書

 そうすると、下記のように、サイト「国学導航」が出てくる。

・国学导航-中国国学经典在线阅读-免费的手机国学网
http://www.guoxue123.com/

 とりあえず[梁]慧皎撰『高僧伝』巻一をざっと読むと、康僧會のところで孫権が出てきてたり関連性がありそうだ。

メモ:『後漢書』傅燮伝


  • 2009年10月 4日(日) 00:21 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,493
歴史 ※関連記事
 『後漢書』朱儁伝の冒頭
 メモ:東漢人多為舉主行喪制服

 上記記事にもあるように、たまに手元の『後漢書集解』を読むわけだけど、今さらながら『後漢書集解』傅燮伝冒頭の集解部分が気に掛かる。

・『後漢書』傅燮伝

※本文

傅燮字南容北地靈州人也

<清岡による訳> 傅燮は南容と字し、北地郡の霊州県の人だ。

※「靈州人也」にかかる李賢注及び集解部分

靈州縣也[集解]惠棟曰此傳
全採燮孫元所撰傅子也

<清岡による訳> 霊州は県だ。[集解]恵棟が言う。この伝は全て傅燮の孫の元が撰した傅子を採用した。

※清の康煕帝の諱を避けて「傅元」になっているが、「傅玄」のこと。

8月25日は何進の忌日


  • 2009年8月26日(水) 00:03 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,395
歴史 毎年、この時期は忙しいので、書けず終いだったけど、今回は十日前ほどに予め書いて、エディタに保管していた。(※追記。2013年10月26日に「中央研究院 兩千年中西曆轉換」で確認して「26日」から「25日」に訂正)

何かというと今日8月25日は何進字遂高の忌日、あるいは薨去した日。勿論、例の如く旧暦ね。

・『後漢書』孝靈帝紀

八月戊辰、中常侍張讓・段珪等殺大將軍何進、於是虎賁中郎將袁術燒東西宮、攻諸宦者。


・ 『後漢紀』(後漢孝靈皇帝紀下卷第二十五)

戊辰、大將軍何進白太后、將決其事、謀欲盡誅諸常侍、選三署郎補其處。中常侍張讓・段珪相謂曰:「大將軍常稱疾、不臨喪葬、今忽入省、此意何為?竇氏意復起邪?」使侍者聽之、〔具〕(冥)聞進言。出坐省戸下、讓謂進曰:「天下憤憤、亦非獨我曹也。又先帝嘗與太后不快、幾至成敗、我曹泣涕救解、各出家財且千萬、共為禮、和悅上意、但欲託門戸於卿耳。今卿云何欲滅我曹種族、不亦太甚乎!卿言省内濁穢、公卿已下忠清、為誰乎?」於是尚方監渠穆拔劍斬進。珪・讓偽詔以故太尉樊陵為司隸校尉、故司空許相為河南尹。尚書得詔疑焉、請大將軍出議之。中黄門以進首與尚書曰:「何進謀反、以伏誅。」


つまり光熹元年八月戊辰(紀元189年8月25日)に中常侍の張讓と段珪の命令により尚方監の渠穆が何進を殺害する。
この二、三日後に張讓らも亡くなって董卓が入京するって流れ。

※関連記事 4月11日は霊帝崩御の日

※追記 メモ:「前漢後期における中朝と尚書」

※追記 8月27日は何苗の忌日

メモ:日有食之


  • 2009年7月22日(水) 12:40 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    3,175
歴史  うちの地域では11:05に最大日食になるんだけど、あいにくの曇り空だった。だけど、その数分前に雲の切れ目から、辛うじて三日月状の太陽(変な表現だが)を拝むことができた。

 そういや、後漢末から三国時代あたりで日食といえば、三公クラスの人が免官になるイメージが私にはあるんだけど、何に基づいたイメージかあいまいだったので、この際だから検索かけてみる。
 『後漢書』本紀で「日有食之」と検索してみて、ちゃんと引用元を書かず、以下、列挙してみる。


秋七月甲戌朔 、日有食之 。壬午、太尉朱寵・司徒朱倀罷 。 庚子、太常劉光為太尉、録尚書事;光祿勳許敬為司徒。

戊戌晦、日有食之。十一月、太尉劉寵免、太僕郭禧為太尉。

三月丙寅晦、日有食之。夏四月、太尉郭禧罷、太中大夫聞人襲為太尉。

三月辛酉朔、日有食之。太尉聞人襲免、太僕李咸為太尉。

冬十月癸丑朔、日有食之。太尉劉寬免。

丙子晦、日有食之。十一月、太尉陳球免。

九月庚寅朔、日有食之。太尉劉寬免、衛尉許戫為太尉。

夏四月丙午朔、日有食之。太尉馬日磾免、幽州牧劉虞為太尉。


 これらを見た第一印象では、そういえば月と太陽の位置関係上、旧暦の晦(月末)や朔(月初)に日食が起こるのは道理だ、と妙に感心していた。
 それで本題についてだけど、私のイメージの元は、昔、劉寬について検索しては読んでいたことがあったんだと思い出す。これらの記述を見ると、日食があれば主に「太尉」が免官になっているね。

 それでここが「三国志ニュース」ということで、『三国志』ではどうかというと、『三国志』魏書文帝紀の黄初二年六月(紀元221年6月29日、新暦で8月5日)の条に以下の記述がある。

戊辰晦、日有食之、有司奏免太尉、詔曰:「災異之作、以譴元首、而歸過股肱、豈禹・湯罪己之義乎?其令百官各虔厥職、後有天地之眚、勿復劾三公。」

 面倒だから(今のところ)訳さないが、太尉を免じるよう上奏があったものの、曹丕が詔で、以後、天地の過ちがあっても、三公を弾劾することを禁じているね。

 ここらへんつついてみると、ちゃんと説明した論文はありそうだ。


※参照記事 皆既日食観測ツアーin赤壁(2009年7月20日発4日間)


※リンク追記
・Twitter / @f_nisihara: 日食のせいでクビになった人 in 『後漢書』 - メ ...
http://twitter.com/f_nisihara/status/204187038130507778

6月27日は賈詡の忌日


  • 2009年6月27日(土) 11:09 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,574
歴史 『三国志』魏書文帝紀によると

(黄初四年六月)甲申、太尉賈詡薨。

<清岡による訳>
(黄初四年六月)甲申(紀元223年6月27日)、太尉の賈詡は薨去した。

とのことなので、6月27日は賈詡の忌日。黄初四年六月甲申の年月日は例によって中央研究院兩千年中西暦轉換に依拠している。

※関連記事 4月26日は三国呉の大皇帝崩御の日

メモ:[唐]許嵩撰『建康實録』


  • 2009年6月 2日(火) 12:31 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,888
歴史  電子文献としては持っているんだけど、句読点のない白文なものだから読みづらい。
 そんな折り、知り合いが中華書局のを購入したという。何かっていうと[唐]許嵩 撰『建康實録』(張忱石 點校)。神保町の株式会社 燎原(つまり燎原書店)から学会価格4000円だそうな(※今、下記サイトを見ると、定価4851円だね)。

・RYOGEN CO.,LTD.
http://www.ryogen.jp/

 説明が面倒なので、その書籍の冒頭にある「點校説明」の冒頭から以下、引用する。

建康實録二十卷、唐許嵩撰。這是一部記述呉、東晉、宋、齊、梁、陳六朝事的史籍、因六朝皆建都建康(呉名建鄴、晉愍帝改名建康)、故以為名。

 ということで、唐代に成立した三国呉を含めた六朝の史籍。「建康」とは三国呉でいう「建業」のこと。「実録」とあるけど全然それっぽくない。むしろ地方志。

『後漢書』朱儁伝の冒頭


  • 2009年4月17日(金) 20:04 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    3,398
歴史  どうも漢文離れが久しく、私にとってその先の創作になかなか進めないこともあり、良いスパイラルへ変えたくて、この場できっかけ作りをしてみる。
 何かというと、史書を自分なりに読んで、その一端を書いてみる。対象は宋范曄『後漢書』朱儁伝の冒頭とそれに対応する唐李賢(※というか章懐太子か)等の注と王先謙等の集解部分。

4月26日は三国呉の大皇帝崩御の日


  • 2009年4月16日(木) 12:02 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    3,271
歴史 ・孫権の忌日  (※「三国志ファンのためのサポート掲示板」内書き込み)
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=one&no=2874


 以前、上記のリンク先のように書き込んだんだけど、『三国志』呉書呉主伝に、

(太元二年、紀元252年)夏四月、權薨、時年七十一、諡曰大皇帝。

<清岡による訳>
(太元二年、紀元252年)夏4月に孫権は薨去し、当時、年七十一で、大皇帝と諡をつけた。


とあって、亡くなった月日まで書いてない。ところが同書の他の伝、諸葛恪伝には

權疾困、召恪・弘及太常滕胤・將軍呂據・侍中孫峻、屬以後事。翌日、權薨。弘素與恪不平、懼為恪所治、祕權死問、欲矯詔除恪。峻以告恪、恪請弘咨事、於坐中誅之、乃發喪制服。與弟公安督融書曰:「今月十六日乙未、大行皇帝委棄萬國、群下大小、莫不傷悼。

<清岡による訳>
孫権は苦しみ、諸葛恪と孫弘および太常の滕胤、将軍の呂據、侍中の孫峻を召し後事を任せた。翌日、孫権が薨去した。孫弘は元より諸葛恪と穏やかではなく、諸葛恪により治められることをおそれ、孫権の死を隠し訪ね、偽りの詔により諸葛恪を除することを望んだ。孫峻が諸葛恪に告げたため、諸葛恪は孫弘に面会を求め、座中でこれを誅することを図り、すなわち、死亡を公表し服した。弟の公安督の諸葛融に書で言う。
「今月十六日乙未の日、大行皇帝は万国を委棄し(崩御し)、群下大小は嘆き悲しまないものはなかった。


とあって、孫権が亡くなった日が記されている。
 冒頭のリンク先にも書いたが、念のため、中央研究院兩千年中西暦轉換で太元二年(紀元252年)の4月16日のところを見てみると、確かに乙未の日になっている。

 三国志ニュースの過去の記事を見ると、結構、四月に忌日(※仏教用語で言うところの「命日」)がくる人物が多い。下記にリンクと共に纏めてみよう。

4月
  4日 孫策
 11日 劉宏
 24日 劉備
 25日 蹇碩
 25日 夏侯惇
 26日 孫権

※追記 6月27日は賈詡の忌日

※追記 三国統一(280年3月15日)

古典籍総合データベース(早稲田大学図書館)


  • 2009年1月25日(日) 21:13 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    300,776
歴史 ※関連記事 メモ:「洛陽八関とその内包空間」

 上記記事を書くにあたり、そう言えばネットで楊守敬『水経注図』を見ることができることを思い出す。確か、サイト「三国志討論会」のチャットログで知ったんだ。

・三国志討論会
http://san-gokushi.com/debate/


 それでどこで見れるかというと、下記の早稲田大学図書館の「古典籍総合データベース」。

・古典籍総合データベース
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/

※新規関連記事 画筌 巻之四 漢人物(1721年)

「台灣中央研究院漢籍電子文獻」リニューアル?


  • 2008年12月10日(水) 23:06 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    3,935
歴史

数日前からやたら 「中央研究院 漢籍電子文獻」とか検索があるんで何かと思えば、「台灣中央研究院漢籍電子文獻」がリンク切れになっている。
「台灣中央研究院漢籍電子文獻」とは『三国志』を始めとする正史類の史書などを閲覧できるサイト。史書系を好む三国志ファンがよく見るサイトなのだ(…と『三国演義』毛宗崗本もあったあるから、三国演義ファンも使うのかな)。私は「漢籍電子文獻」はあまり使わないが、「中央研究院兩千年中西歴轉換」はよく使い、こちらもリンク切れしているので、不便に感じていた(「中央研究院歴史語言研究所文物圖象研究室資料庫檢索系統」も使うがこちらは今、生きている模様)。

・台灣中央研究院
http://www.sinica.edu.tw/

昨日あたり、 上記の「台灣中央研究院」→「more」→「學術資源」と辿ると「漢籍電子文獻」にリンクが張られていなかったが、今日、改めて見ると、下記サイトに繋がる。

・中央研究院漢籍電子文獻
http://dbj.sinica.edu.tw:8080/handy/

そこの「個人使用申請」を見てみると、申請制な上に年間台湾三千元である以前にどうやら日本からの使用ができないみたいだね(汗)
上記には「舊版系統」というのがあってリンクが張られているんだけど、現在、「中央研究院兩千年中西歴轉換」と同様リンク切れを起こしている。こちらは従来どおり無料で使えないものかな。
…と思ったら、以下のようなのがあるんだね(笑)

・新漢籍全文
http://hanchi.ihp.sinica.edu.tw/

<12月11日追記>
「台灣中央研究院漢籍電子文獻」が前の状態に戻っているね。昨日までの状況は一体、何だったんだろう。。。


※追記 古典籍総合データベース(早稲田大学図書館)

※追記 メモ:三国創作のための扶助会