Site Calendar

サイトカレンダをスキップ

2020年 03月
«
»
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

NAVI

ログイン

ログイン

新着情報

記事

新着記事 1件(24時間)

コメント (2日)

-

トラックバック (2日)

-

リンク (2週)

新しいリンクはありません

QRコード

QR code

アンケート

三国志ニュースのレポート系記事

三国志ニュースで書いて欲しいレポート系記事はどれ?

  •  三国志フェス
  •  三国志学会大会
  •  関プチ5全国ツアー
  •  魏晋南北朝史研究会関連
  •  三國夜話
  •  六間道三国志祭
  •  三国志TERAKOYA4
  •  三国志 義兄弟の宴
  •  東アジアの『三国志演義』/ベトナムの『三国志演義』
  •  zip,torrent(トレント),rar,lha,mediafire,pdf,DL(ダウンロード),nyaa等を含む検索語句(違法なフリーライド・無料閲覧関連)、あるいはBD・DVD自作ラベル、カスタムレーベル等を含む検索語句(著作権・肖像権侵害関連)に関する調査・研究

結果
他のアンケートを見る | 79 投票 | 0 コメント

PR

清岡的見解:ねこまんまさんについて http://tinyurl.com/nekonomanma3
よくわかるねこまんまさんの問題行動 pdf
gif

掲示板 件名 最新投稿

第四回三顧会二次会ダイジェスト


  • 2006年5月10日(水) 23:12 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,945
場所 ・第四回三顧会ダイジェスト4からの流れ
http://cte.main.jp/newsch/article.php/336


 三国志城を後にして(お土産に関羽むすびもらった♪)、別々に車で黒岩峡(後でネットで調べると「石城山県立自然公園」内にあるそうな)というところへ移動。二次会のコスプレ撮影会の屋外会場にするとか。会場は何でも三国志城とは石城山を挟んで反対側ぐらいにあるそうで、近いことは近いけど、歩くには遠い距離とのこと。
 「黒岩峡」という看板が見え、そこから右に曲がり、山道を経て、ゆるやかな渓谷っぽいところへ到着。木の目印に「黒岩峡」という文字が見える。
 17:50。二次会参加者がそろう。言い出しの、はとむ子さん(真・三國無双4の星彩の衣装)、さん(真・三國無双4の凌統)、遜 瑜懿さん(真・三國無双4の周瑜)、きり丸さん(横山光輝三国志の劉備)、せいがさん(横山光輝三国志の曹操)、以上レイヤーさん5名。というかその格好で車に乗り込んでいたのですね。
 それ以外はヨシトミさん、でこさん、白樺亮さん(昼ぐらいからいらっしゃったけど書き損している)、英傑群像・岡本さん、飛熊さん、清岡傅僉さん、○○さん(お名前失念)。
 もう時間も時間ということで三顧会メンバー以外の人は特に見ることもなく、これだったら思う存分、写真撮影できるな、と内心思っていた。一同、川の方へ降りていくと、そこは大小の岩がそこらかしこにあるところ。まず砂利の地に凌統(皓さん)と星彩(はとむ子さん)がお互いに写真の撮り合いをしていて、周りの者がそれに便乗する形になっていて、その後、周瑜(遜 瑜懿さん)と星彩(はとむ子さん)が大岩の上に乗って撮影していた。
 撮影者となっていたきり丸さんがここで「指定していいですか?」とお二人に提案する。お二人、同意。

きり丸さん「まず星彩が一人で…周瑜さんはちょっとよけてもらって。(星彩の)右足を結構、向こう側にひらいて、(岩の上なので)あぶないですか? 盾はちょっとナナメ左前にかまえて、槍をその上にのせる。もうちょっと脇をあげて… 右足はちょっとのばして。そうそうそう…」

と会話文だけにするとわかりにくいんだけど、ともかくまずは一人一人別々に撮影をするってことになり、まず星彩(はとむ子さん)から。きり丸さんのポージング指導により目に見えて格好良くなっていく星彩(はとむ子さん)。それをヨシトミさんがごついカメラで撮影。被写体に声をかけたり、いろんな角度でとったり、大岩に足かけて食いつくように近づいて撮影したり、本格的! それに便乗してコスプレしている人もそうでない人も写真を撮りまくる。
 きり丸さんの指導がテキパキしているもんだから、

清岡「きり丸さんが月影先生にみえた…」

なんてマンガ「ガラスの仮面」に出てくる月影先生にちなんで、ぼそっと茶々を入れると、

きり丸さん「マヤ…」
きり丸さん「おそろしい子ね」

てな感じでノッてくださる(笑)
 というわけで、月影“きり丸”先生の演技指導は星彩(はとむ子さん)から周瑜(遜 瑜懿さん)に移る。星彩と同じく細かい演技指導。続けて凌統(皓さん)ピンで。あ、凌統から清岡はカメラを預かり、本人の代わりにバシバシ撮っていた。
 それから場所を移動。川から離れた花の木のところで曹操(せいがさん)ピンの撮影をして、それから、再び川に近づき、今度は砂地のところでいよいよペアの撮影。まず凌統(皓さん)vs星彩(はとむ子さん)の撮影。事前に月影“きり丸”先生のポーズ指定があり、二人同時にポージング。

誰か「はやく撮ってあげないと腕がプルプルします。プルプル」

 ポーズの後にも月影“きり丸”先生の臨機応変な指導の嵐。そのとき撮ったのが右上の写真。容量の関係で大きい写真をお見せできないがなかなかの写真だ。
 その後、周瑜(遜 瑜懿さん)のソロ撮影。ついに「流し目で」とか表情まで演技指導が及んでいたのが印象的。
 その間に、はとむ子さんが撮影の際、手に持て余していた盾と矛を清岡が代わりに持ったんだけど(魔女っ娘のホウキみたく矛を足に挟んでいた)、周りに大自然があって野生に帰ったのか、矛を振り回して遊んでいた。はとむ子さんが携帯電話のカメラ片手に「一枚、ぬいでください」とかネタを入れたり(笑)

誰か「(第三回三顧会の企画「三国志弓術大会」にちなんで)次は『槍を投げよう』ってのもいけるかも」

 さらに調子に乗って矛をガンガンに振り回していたら、砂地に落としてしまう。

一同「あ~ぁ」

 そこから罵声の嵐(汗) 「サイテーや」とか「ホントやってくれましたね」とか「弁償!」とか「五万円!」とか「これはもう買い取っていただかないと」とか(笑)
 それから清岡の手から矛と盾が戻ってきたので、はとむ子さんのネタタイム。

はとむ子さん「(高い枝に矛をあてて)『高枝切りばさみ』…『でも高いんでしょ、ジョン?』…『そんなことないさ』…『え? 盾もつくの?』…」

 それから本編の撮影。そのまま砂地のところで劉備(きり丸さん)&曹操(せいがさん)のペア撮影となった。その後はありえないペア、劉備(きり丸さん)&星彩(はとむ子さん)などなど。

 その後、日も沈みつつあったので、19:00ぐらいに二次会終了。


 食事も兼ねて三次会の呼びかけ。
 結局、近くのファミレスで会食をすることに。たまに清岡のノートPCから、きり丸さんのブログを皆で見たり、個別に四方山話をしたりまったりした時間をすごしていた。
 途中で何人か帰宅し、最後は21:00ぐらいに解散となった。

 あぁ、2006年8月14日の第五回三顧会も楽しみだなぁ。


・2006年8月14日 第五回三顧会ダイジェスト
http://cte.main.jp/newsch/article.php/380

第四回三顧会ダイジェスト4「三国志トランプ大会」


  • 2006年5月10日(水) 01:25 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    3,035
場所 ・第四回三顧会ダイジェスト3からの流れ
http://cte.main.jp/newsch/article.php/334

 14:45。再び特別展示室にやってくる。部屋の中央にはテーブルがあって裏返しになったカードが規則正しく四角く置かれていた。そう三国演義創作神経衰弱ね。過去、第二回三顧会、第三回三顧会とやっていたやつ。
※紛らわしいので注意書きだけど、右の写真はトランプ大会後の食堂での写真。

・三顧会ダイジェスト3「英傑群像企画イベント」(三国志城イベント)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/117
・第三回三顧会ダイジェスト5「英傑群像イベント<三国志トランプ大会>」
http://cte.main.jp/newsch/article.php/162

※追記 横山光輝三国志トランプ(2009年8月25日)

 まず谷館長の「しっかりがんばって、賞品をとってください」なんて挨拶があった後、司会進行役の英傑群像・岡本さんからルール説明。三国志人物の書かれたカードを裏返しにしてばらまき、そこから神経衰弱のように二枚、表に返し、その二人の人物同士の関係(主従とか戦ったことがあるとか)を説明できたら、カードを手元に置くが出来るってルールだ。その関係がOKかどうかは参加者たちが判断する形となる。カードにはそれぞれ★が一つとか三つとか描かれていて、それが点数となる。
 それで清岡から反時計回りにスタート。司会進行は飛熊さんにマイクと共にバトンタッチ。まず傅僉さんが「黄忠」、「趙雲」のカードを引いて「弓がうまい」って共通関係でカードのペアをゲット。飛熊さんの名司会っぷりで順番が各人にまわっていく。だれか「山」と「山」で普通に神経衰弱やってカードをゲットしていた(笑)。さすがに点数は低く2ポイントだ。わいわいと楽しみながら、「呂布」と「王允」で「連環の計」つながりとか、徐々に場からカードが抜けていく。ちなみに「孫堅」と「孫策」の「親子」で「孫堅」カード、ゲット♪ それから「孫権」と「城」で「石頭城」(三国志呉書呉主伝:十六年、權徙治秣陵。明年、城石頭、改秣陵為建業。)でゲット。孫氏三代揃い踏み♪
 その直後に高順さんが待ちに待った「魏延」「馬岱」がひく。高順さんが「魏延」のカードを掲げつつ「俺を倒せる者はいるか?!」。それから「馬岱」のカードを掲げつつ「ここにいるぞ!」。それで場内爆笑。ファンにはおなじみの三国演義、ひいては横山光輝三国志の魏延が馬岱に切られる名シーンだ。(三國演義「第一○五回:武侯預伏錦嚢計、魏主拆取承露盤」より 遂提刀按轡、於馬上大叫曰:「誰敢殺我?」一聲未畢、腦後一人厲聲而應曰:「吾敢殺[イ尓]!」手起刀落、斬魏延於馬下。衆皆駭然。斬魏延者、乃馬岱也。)
 そうやってカードをめくっては皆、あれこれ考えてカードをゲットして、いつの間にやらラスト一周のコール。最後は場にあるカードを全部めくってどうやって、とれたかとかみんなで座談。
 そしていよいよ結果発表。英傑群像・岡本さんから「10ポイント以上の方はいらっしゃいますか?」と呼びかけがあると、結構、たくさんの方が手を挙げられていたので20ポイント以上の方? と聞かれたら、傅僉さんが名乗り出て、それでその場の雰囲気も傅僉さん優勝! なんて感じだった。ところがそこで若者(名前聞きそびれ)さんが25ポイントであると宣言する。場内どよめく。というわけで優勝者は若者(仮名)さん。岡本さんから賞品が手渡され、以下、ポイントの高い者順に賞品が渡される。しかし、若者(仮名)さん、ビンゴ大会でも優勝していたような気がするから、もしかして二冠王? だとしたら素晴らしい!

 15:40 それから第四回三顧会のプログラムがすべて終了したことを告げられた。やはり楽しい時間というのはあっと言う間に過ぎてしまうなぁ。この後に二次会があることを告げられる。前回は花火大会だったけど、今回はどこに行くんだろう?


 というわけで、その後、大半の方は帰宅し、二次会参加希望者は一同、食堂でまったりした時間を過ごす。
 はとむ子さんの手作りケーキやらチョコやらゆで卵やら食す。いや昼に何も食べてないのを差し引いてもおいっしいっす、このケーキ。

 二次会は、はとむ子さんの提案でコスプレの屋外撮影会になりそうだった。そういうことは未経験だった私だけにどういうのになりそうか何かと楽しみだった。皆の足取りが揃うまでさらにまったり時間。
 その間に、せいがさん扮する曹操が本棚の横山光輝三国志を整理し始めたり(「歴史はこの丞相が決める!」って感じでしょうか)、きり丸さん扮する劉備が「三国志華容道パズル」をしてゲーム中の曹操コマを五将軍コマから逃がそうとアイスが溶けるぐらいまで真剣になっていたり、よくよく考えたらおもしろ光景が現れていた。
 ちなみに右上の写真はゲーム中の曹操を頑張って逃がそうとしている劉備(きり丸さん)にアドバイスを送る曹操(せいがさん)。結局、このパズル誰もとけなかったという、関羽おそるべしの結果だった(関羽のコマと曹操のコマがすれ違わない)。

※追記 三国志セット(2010年2月14日-21日空龍)

 17:30。そろそろ屋外での撮影が厳しくなるというヨシトミさんの意見により、二次会会場へ急ぐことに。名残惜しくも長いこと楽しんだ三国志城を後にした。

・第四回三顧会二次会ダイジェスト
http://cte.main.jp/newsch/article.php/337

第四回三顧会ダイジェスト3「三国志ビンゴ大会」


  • 2006年5月 7日(日) 14:03 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,259
場所 ・第四回三顧会ダイジェスト2からの流れ
http://cte.main.jp/newsch/article.php/333

 13:15。三国志ビンゴ大会の会場となる特別展示室へ移動。
 入って、左の壁に映写スクリーンがあって、そこに何やら映写されている。左奥にはテーブルがあって、カードが裏返しになって何十枚か規則正しく四角く並べられている。左の壁の前に映写機兼カメラがおいてあって、カメラの先には左奥のテーブルがあり、あぁ、テーブル上のカードを写して、その場でスクリーンに映し出して居るんだと納得する。
 特別展示室には座ってスクリーンが見えるように椅子がいくつか置かれていた。私は椅子に座るのを遠慮して突っ立っていた。
 三国志ビンゴ大会の司会進行役の英傑群像・岡本さんが今から三国志ビンゴ大会を行う旨をつげられ、それから前のテーブルのところに出て「神経衰弱」をする人4名の参加の募集があった。で、神経衰弱をする人は、向かって右から横山光輝モデルの劉備扮するきり丸さん、清岡、少年(名前聞きそびれ)、傅僉さん。少年以外3名は口々に神経衰弱は苦手って言っていた。
 それから司会進行役からマイクでルール説明。あらかじめ配られたビンゴ用紙にも書いてあるんだけど、三顧会の初めに三顧会参加者にビンゴ用紙が配られていて、ビンゴ大会前にリストアップされた三国志の武将35名(用紙の左側)から一人ずつ選び、5×5のマス目(用紙の右側)に一マスずつ埋めていき、全部、埋めたら三顧会スタッフに不正がないことを確認してもらい、判子を押してもらう。ビンゴ大会中では、前で神経衰弱をやる。神経衰弱のカードには武将名が書かれてあって、神経衰弱で場から撮られたカードの武将名が前に張り出される。その武将名がビンゴ大会参加者各自の手元の用紙マス目のどこかに書かれていれば、そのマス目にチェックを入れる。チェックがタテ、ヨコ、ナナメいずれか、5マス揃ったら、5マス分、線を引き、その線が4本そろったらいわゆる「ビンゴ」。「ビンゴ」した参加者は早い順に何人か(10人ぐらい?)、賞品がもらえるって流れだ。
 神経衰弱参加の4名でジャンケンをした勝者・清岡から向かって左の方へ順に神経衰弱が行われる。初めの方だから、まずはどこに何があるかの把握といったところ。全然、ペアにならない妙な間が観客をわかせる。途中で司会進行役を岡本さんから飛熊さんへマイクと一緒にバトンタッチ。して三週目にして少年がようやく貂蝉をペアにする。そこから次々とカードのペアが場から出されていって、どんどん壁に武将名が張り出されている。ちなみに少年が一番、ペアをそろえている。飛熊さんの小気味の良い司会っぷりでテンポよく神経衰弱が行われていく。神経衰弱をしている面々もそれ自体を楽しんでいる様子。がんばってペアを作ろうとしている。ちなみに清岡は神経衰弱をやりつつ、ビンゴ用紙にチェックを入れていったんだけど、途中で「袁紹」を二つ書いていることに気付き、あきらめて神経衰弱に集中する。神経衰弱にありがちで、同じカードを何回もひいてしまう光景もみられた。呂布とか。
 22番目の「袁紹」でついにビンゴがでる。賞品は関羽の銅像と三国志大戦のケースだ。続けて23番目の「孫尚香」でビンゴが何人かでる。24番目「周瑜」、25番目「趙雲」。賞品は三国志城の本とポストカード。それから次々とビンゴ者がでてくる。賞品はカレンダー&ポストカード。
 それで最前列に座っていた曹操扮するせいがさんがリーチで、神経衰弱をしている劉備扮するきり丸さんに「張飛」を引くよう要求していた。劉備が義弟の張飛を引くことを命じる曹操だなんて面白い構図。それで結果的に清岡が「賈[言羽]」(26番目)を引いてそれを阻止してしまう(汗)。27番目に「張飛」が来たんだけど、賞品のカレンダーは残り一つ。いっぱいいるビンゴ者7名でジャンケンが行われていた。結局、せいがさんが賞品のカレンダーを手に入れられたかどうかはここでは書かないでおこう(汗)
 ちなみに神経衰弱参加者4名にはそれぞれ三国演義のポストカード3枚をもらうことに。
 13:50。司会の飛熊さんによりビンゴ大会終了が宣言される。

 それから食堂に戻りまったりする。ちなみに次の企画まで間がなさそうだったので清岡は食事をとらないでいた。食堂は繁盛していて注文がさっとうしていたしね。

・三国志コスプレ
http://cte.main.jp/newsch/article.php/330


・第四回三顧会ダイジェスト4「三国志トランプ大会」へ続く
http://cte.main.jp/newsch/article.php/336

第四回三顧会ダイジェスト2「中国酒盃を作ろう」


  • 2006年5月 6日(土) 02:04 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    3,349
場所 ・第四回三顧会ダイジェスト1からの流れ
http://cte.main.jp/newsch/article.php/331

 11時頃。次のプログラム「中国酒盃を作ろう(三国志を陶器にしよう第二弾)」開始。ただ三国志を陶器にしよう第一弾のときに比べ人数が圧倒的に多いため、8人ぐらいに分けて順繰りで始めていくとのこと。場所は第一弾のときと同様(第二回三顧会)、バルコニーと中庭の両方。清岡は初めのグループよりすこし出遅れて参加したって状態。そのため自らを「1.5期生」なんて言っていた。
 1期生にはちゃんとレクチャーがあったようだけど1.5期生の私は言われたとおりとりあえず送り先の住所氏名電話番号を書いて、こねた粘土を岡村先生から授かり1期生のまねごとを始める。この方法が大失敗で全然、お椀型の形が保てず、机におくと、すぐ杯の縁が重力にまけて広がって行くし、ひび割れだらけのものになったりしていた。後でレクチャーしてもらったんだけど、やり方は粘土の固まりの真ん中から指で押さえていき、底が丸くなるよう真ん中から広げていくとのこと。厚さは5~7mmとのこと。粘土が乾いてひび割れたら手に水をつけてそれを埋める。ひび割れがひどけりゃ、やり直し(焼いたら割れるし)。つくっていくうちに縁の方がひび割れていくんだけど、そういうときは思い切って、糸ようじみたいなので切断するとのこと。私はなかなかコツがつかめず、ずっと粘土をこねくり回していた。
 少し話を戻して、今回の酒盃のデザインについて。私は始まるまで「どうせゲームやマンガにでてくるような虚構の杯をお手本にするんだろうな」と決めつけていたので、あらかじめ「漢代の文物」を読んだり展覧会「中国古代の暮らしと夢」で見たり「ふしぎ道士伝 八卦の空」1巻を見たりして自分の手でできるかどうかはともかく頭の中でイメージを固めていた。当時の杯は楕円形のお椀で、長い方の曲面の縁の両サイドに耳がついているのが特徴だ。そのため今は「耳杯」なんて言われている。そう思いながらいざ粘土をこねくりまわす机の前に立つと、真ん中にお手本としてプリントアウトした写真が置いてあった。そこには虚構の杯ではなく紛れもない「耳杯」があった。この写真は今、第三展示場に置いてある展示物をとったものということを耳にする。それであわてて見に行くとあった。確かに耳杯だ。イメージ通りの色彩の漆器がそこにあった。それが右上の写真だ。こりゃ本格的だ、と俄然テンションがあがる。もちろん漆器をお手本に陶器をつくるなんてなんだかシュール、という自嘲を心の中では忘れない(笑)
 しかしやる気と成果は世の中、比例関係にならないもので、なかなか良い形にならない。楕円のお椀型にするのは良いが、耳をつくる段でひび割れだらけになっちまう。
 別に耳杯にする必要はなく好きな形にしてもいいとのことなんで、私が何度も何度も手元の粘土をこねくり回している間に1期生はとっくの昔に卒業し2期生は色を塗り始め、3期生は高座をつけていて(とそんな明確な期生はなかったが)、バルコニーでは昼食を取り始める人が次から次へと現れ始め(そうかもう12時過ぎたんだ!)、まるで嫌いな食べ物を給食時間内で食べられず掃除の時間まで嫌いな食べ物と睨めっこしてるって気分を思い出していた。
 とすこし時間を戻して、そんな懸命なところへ中国新聞の記者がやってきて(ちなみに複数人じゃなくてカメラマンも兼ね一人)、作っている我々に「もうちょっと立ち位置を寄せてください」とか次々と指示を出し始め、写真をばしゃばしゃ取り始める。いや悪い気分ってわけじゃなくやる気を持ち直してくる。

 記者「真剣ですねぇ」
 傅僉さん「真剣です……仕事より真剣です」
 (笑)

 それから記者さんとぶっちゃけトーク(というかメモとっていたから取材の一環だな)。取材はするけど、紙面に載るか載らないか、載るとしたらいつ載るか、とか取材する記者にはわからないとのこと(「いつ載るんだ?」と問い合わせの電話がきたこともあるそうな)。取材した人の本名が載るんで迂闊なことは書けないそうな。

 記者「三国志読んでいて杯が出てくるシーンって多いんですか?」
 (一同、笑いながら首をかしげる。)
 記者「この杯できたらこういうことやってみたいってありますか?」
 傅僉さん「そうですねぇ……酒が冷める前に誰かの首を斬ってきます」
 (一同、爆笑)
 誰か「かけねーなー。それ記事にかけねーなー」
 清岡「あ、今の、犯行予告です(笑)」

 わからない人に説明すると「三国演義」の「第五回:發矯詔諸鎮應曹公、破關兵三英戰呂布」のエピソードで酒が暖かいうちに関羽が華雄を斬ったというエピソード(野暮でも説明するがこれはフィクションね)が元ネタね。さすが、三顧会、近くにいる人はネタをわかってらっしゃる!

 記者「なんかこういうことイメージしながら今、つくっているとか、ありますか?」
 傅僉さん「いやぁ、それ考えていたんですけど、やってみるとそれだけの余裕がないですね。ただもうどうやって形にするとか」
 誰か「そりゃそうだ」

 記者「実際、形にならなくても作る前にこういうイメージでって何かイメージありました? 何かシーンとかありました? こういう場面の杯をつくろう、とか」
 誰か「やっぱり首斬るところ(笑)」
 傅僉さん「ありますね……劉備って人と曹操って人が英雄を論じ合うところがあるんですよ」
 清岡「あぁ…」
 記者「何を論じ合うんですか?」
 傅僉さん「その当時に、割拠していた、群雄について、論じ合うんですよ」
 清岡「漢字変換が難しい(笑)」
 記者「全部、ひらがなで書いたんですよ(清岡、大うけ)。群雄割拠? について語り合うシーンがある?」
 傅僉さん「そうです」
 記者「でも、わかんないんですよ。あそこ(第三展示室)に展示してあるのは諸葛孔明が使ったとされる酒杯じゃないですか?」
 傅僉さん「えぇ」
 記者「わかんないんですけど、劉備と曹操は……諸葛孔明と……??」
 傅僉さん「諸葛孔明が仕えていた人は劉備です」
 記者「諸葛孔明が……つかえていた?(メモる」
 傅僉さん「(傅僉さん丁寧に言葉をあわせる)劉備です」
 記者「この曹操って人は……どこの国の人ですか?」
 傅僉さん「魏の人です」
 記者「劉備って人はどこの国ですか?」
 傅僉さん「蜀の人です」
(後ろで清岡は「全部、中国で」とか「全部、後漢で」とか、いらぬ茶々を小声で入れている)
 記者「すごくわかりやすいです」

 記者「その武将のシーンを……酒を酌み交わしながらやるというシーンはなぜ有名なんですか?」
 傅僉さん「『なんで』?」
 記者「えぇ、なんか、その後に大きな事件があったとか?」
 傅僉さん「うーん、結局、その劉備と曹操が…論議をふっかけたのは曹操なんですが、結局、その当時、活躍していた武将を挙げてみるんですけど、大した武将はいないって結論になるんですよ。結局、曹操っていう人が結局、『英雄と呼べる人のは自分と君だけだよ』みたいな」
 記者「すごいやつらですね。その話ってのは結局、『おれら二人が英雄だ』ということですね」

 後で元ネタを確認すると、三国志蜀書先主伝の

是時曹公從容謂先主曰:「今天下英雄、唯使君與操耳。本初之徒、不足數也。」

 ってやつね。多分、横山光輝三国志の影響で「君と予だ」って曹操が言うってのが三顧会での共通認識だったけど、細かくいうと、ルーツでは使君(牧相手の敬称。劉備は当時、豫州牧)と操(当時、一人称は自らの名をいう場合もある)だね。おまけに酒の記述はとくにない。…蛇足はともかく話戻す。

 記者「そこらへんのシーンを(頭で)描きながら、一回、酒を飲みたいと?」

 それから記者は傅僉さんの個人情報をくわしく聞いていた。年齢を聞いた後に記者は「若くみえますね」とコメント。あとファン歴とか(20年とのこと)、好きな人物とか。傅僉さんが好きな人物、劉備のことをあれこれきいていた。

 記者「なんかこういう……例えば夜、酒をのみたいとか、月みながらこの杯で酒のみたいとか? どうですか?」
 傅僉さん「そうですね。月下独酌という言葉が中国にはありますけど…」
 記者「三国志の中でも月の下で酒を飲むというシーンというのはあるのですか?」
 傅僉さん「あぁ、具体的にはないですね。ないと思います」
 記者「うーん、うーん…」

 記者「なんかこう僕としてはできれば三国志ファンの方ならではの、杯を作ってこういうふうにして飲みたいってのが、20年来のファンとしての思いを伝えられればと…」
 傅僉さん「なるほど……難しいですね……」

 この後、傅僉さんが三国時代から時代を下った中国の風習を紹介するが、あまり食いつかなかった。

 で、こういうやりとりでできあがった記事中のコメントは

「群雄割拠していた当時を想像しながら、月下で酒を飲んでみたい」

となっていた。いやはや取材する様子を間近に見て、その結果としての記事をみるととても面白いね。結局、傅僉さんオリジナルな部分は「群雄割拠」だけのような。しかし、取材が終わった後、全部、コスプレに持って行かれて傅僉さんの話は採用されない、なんて言ってたんだけど、ばっちり載っていた。

・中国新聞に三顧会の記事
http://cte.main.jp/newsch/article.php/332

 さて清岡の杯はというと何度もやりなおしたり、新たに粘土を貰ったり、岡村先生に何度かレクチャーしてもらって、それでも耳杯の壁は大きく厚くうまくできずほとんどあきらめていたんだけど、岡村先生の助けもあって何とか形になりつつあった。
 岡村先生によると、耳をつける手順のコツみたいなのがあるようだ。まず普通に楕円のお椀状に形をととのえ、耳部分以外の縁を切り落とし、その後、耳の部分の縁を徐々に曲げていって耳をつくっていけば良いとのこと。
 すでに13時を越えていて次のプログラムの時間になっていたので、とりあえず作りかけをおいてその場を後にする。

・三国志ビンゴ大会
http://cte.main.jp/newsch/article.php/334

 その後、16時ぐらいに戻ってきたら、岡村先生が形をかなりととのえてくださっていて、高座をつけ、絵付けをして(杯の内側を赤く塗った)完成。それが右上の写真の左下隅のやつだ。
 後はみんなの杯と一緒に焼いて貰って、完成とのこと。出来上がりが楽しみ。

第四回三顧会ダイジェスト1「ご挨拶&簡単な自己紹介など」


  • 2006年5月 5日(金) 15:35 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,360
場所 ・第四回三顧会ダイジェストαからの流れ
http://cte.main.jp/newsch/article.php/330

 10時10分ごろ。食堂には第三回三顧会ほどではないにせよたくさんの人が集まっていた。今回、第三回のころに比べ、テーブルが一つ多くなって、ゆったり座れるようになっている。ちょうど展示場へいく自動ドアのそば。レジ側のところ。あと、今回、マイク&スピーカーが導入されていた。聞き取りやすく良い感じ。
 まず谷館長の挨拶からはじまり、その後、英傑群像の岡本さんから今回のプログラムの説明。あらかじめ参加者に名札とプリントを配られたんだけど、プリントは三国志ビンゴ大会用とのこと。プリントの上半分には三国志ビンゴ大会のルールが書かれていて、下半分の左側に「選べる武将」35人の名前がピックアップされていて、下半分の右側に5×5の升目がある。なるほど、ビンゴが始まる前にこの升目を武将の名前で埋めて、スタッフにチェックして貰うって方式か。
 その後は自己紹介のコーナー。名前(HN可)、どこから来たか、好きな武将等をいうとのこと。まず売店のところで立っている三顧会スタッフたちの自己紹介。今回も黄色いたすきを身につけている。中村さん、中野さん、武末さん、傅僉さん、飛熊さん、高順さん。
 そして参加者の自己紹介(以下、聞き間違いや聞き損じ、漢字がわからないのでカタカナにした等、表記に混乱がある)。カウンター近くの売店側の席からぐるっとテーブルを回るようにマイクがまわっていく。前回も参加された渡辺さん。森本さん、塚本さん、南さん親子(息子さんの後に「父です」と自己紹介はうけた)。友里さん、ユキさん、はとむ子さん、さん、、亮明さん、森山さん、○○さん(聞き取れず)。ここでテーブル変わって、○○さん(聞き取れず)、長岡さん姉弟。○○さん(聞き取れず)。
 後から入ってきた四人組。きり丸さん、せいがさん、でこさん、ヨシトミさん。前者三名は前回も参加。
 それから一番、展示室側の壁側のテーブルの奥から。前回も参加した三人組。谷口さん、本川さん(修道大学のとあるサークルの会誌を紹介していた)、吉澤さん。そして前回参加した清岡美津夫。遅れてやってきたアリモトさん、ナガタさん。で自己紹介は終了。
 次のプログラムの準備期間ってことで一旦解散。

・中国酒盃を作ろう
http://cte.main.jp/newsch/article.php/333

第四回三顧会ダイジェストα「三国志コスプレ」


  • 2006年5月 5日(金) 13:37 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    4,367
場所 ・第四回三顧会ダイジェスト0からの流れ
http://cte.main.jp/newsch/article.php/329

 10時前、さん、はとむ子さん、友里さんが真・三國無双シリーズの自作衣装を着ていて(いわゆるコスプレってやつ)、谷館長の呼びかけもあって、外で撮影会をされていた。皓さんが真・三國無双4新キャラの凌統で、はとむ子さんが真・三國無双4新キャラの星彩、それから友里さんが真・三國無双4の司馬懿。それに便乗して私もカメラ片手に撮影に加わる。この数時間後に気付いたんだけど、皓さん&はとむ子さんは真・三國無双4新キャラあわせのコスプレね(私が気付くの遅すぎ・汗)。撮影が終わってすぐ後で聞いてみたんだけど、真・三國無双4の凌統と同じく皓さんはちゃんと目の下にほくろを描いていた。清岡は途中で気付いていたんだけど、実は真・三國無双4の凌統は向かって左の目の下にほくろがあるんだけど(真・三國無双4公式サイト参照)、皓さんは向かって右の目の下にほくろをかいていた。清岡は心の中で京劇の関羽よろしく(違うところに)ほくろをつけることで「本物とは違うんだよ」ってアピールかと自分自身を納得させていたんだけど、実は鏡を見て描くときに素で間違えていたことが後で判明した(笑)。
 そうこうしている間に食堂から谷館長からのマイクで拡声した呼びかけが聞こえてきた。いよいよ第四回三顧会が始まるんだ。

・ご挨拶&簡単な自己紹介など
http://cte.main.jp/newsch/article.php/331



・三国志ビンゴ大会からの流れ
http://cte.main.jp/newsch/article.php/334

 14時前。三国志ビンゴ大会も終わりまったりした時間。私の知らぬ間にレイヤーさん三名が新たに加わっている模様。前回の三顧会でもコスプレやっていた、きり丸さんは前回と同じく横山光輝モデルの劉備だけど、今回は冠仕様。せいがさんも前回と同じく横山光輝モデルの曹操だ。前回、三顧会の参加者だったけどコスプレは今回初めての遜 瑜懿さんは真・三國無双4モデルの周瑜。前回は下記リンク先参照。

第三回三顧会ダイジェストα「随時開催」
http://cte.main.jp/newsch/article.php/158

 それで清岡は、6名合同で撮影会をしないかと機をうかがっていたんだけど、特にそういう気配がない。それで思い切って、はとむ子さんに「合同で撮影会みたいなのをしないんですが?」ときいてみると「(きり丸さん&せいがさんが)きれいすぎて声かけられない」というような答えが返ってくる。つまり気後れしちゃっているみたいなので、門外漢の清岡がバルコニーでくつろいでいる、せいがさん&きり丸さんに声をかけてみると、快く承諾してくれる。というわけで右上の写真のように全員集合(もしかすると午前中、清岡が粘土と格闘している間にすでに全員集合があったかも→<【追記】やっぱり午前中に新聞社の方を交えて全員集合があったみたい。でも遜 瑜懿さんを加えたバージョンは多分、初)。

 写真で向かって左から

 きり丸さん 劉備 横山光輝三国志モデル
 せいがさん 曹操 横山光輝三国志モデル
 はとむ子さん 星彩 真・三國無双4モデル
 さん 凌統 真・三國無双4モデル
 遜 瑜懿さん 周瑜 真・三國無双4モデル
 友里さん 司馬懿 真・三國無双4モデル

となる。
※というか撮影している横からかけ声なしに清岡が勝手にとったので変に映っていたりしてます。すみません。。。

 今回は「三国志弓術大会」などコスプレが絵になる企画はなかったので、これで写真をとることもないだろう、と思っていたけど、その後、意外な展開を見せることになる。その話はまた別の記事で。

 レイヤーさん同士でおしゃべりしていて、16分ぐらい後に次の企画、三国志トランプ大会をやるという呼びかけでその輪はひとまず解散となった。


・三国志トランプ大会
http://cte.main.jp/newsch/article.php/336

2006年5月4日 第四回三顧会ダイジェスト0


  • 2006年5月 5日(金) 09:29 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    3,470
場所  山口県光市には三国志の資料館「三国志城」というのがあって、2004年8月15日に三国志ファンを対象として「三顧会」というイベントが開催された。その第二回が2005年5月4日、第三回が2005年8月14日に開催された。

・「三国志城」公式サイト
http://www3.ocn.ne.jp/~sangoku/

・第一回三顧会の様子(個人サイトの日記)
http://cte.main.jp/sunshi/w/w040815.html
・第二回三顧会の様子
http://cte.main.jp/newsch/article.php/115
・第三回三顧会の様子
http://cte.main.jp/newsch/article.php/156

 そして2006年5月4日に第四回が開催された。今回のプログラムを以下にしめす。

-------------------------------
【2006/5/4 プログラム】

 10時~ ご挨拶&簡単な自己紹介など
 11時~ 中国酒盃を作ろう(三国志を陶器にしよう第二弾)
 13時~ 三国志ビンゴ大会
 14時~ 三国志トランプ大会 (協力:英傑群像

 その他
  三国志コスプレ大歓迎 (着替える場所をご用意いたします)
-------------------------------


 迎えた当日。
 今回は交通費を節約するため、早い目にホテルを出て最寄り駅の岩田駅から歩くことに。地図で見ると3.3kmもある。カバンは一澤帆布の武骨な感じのリュックだけど(最近できた一澤信三郎帆布ではない)、服装はMICHEL KLEINでネタみたいな状態で歩いていた。天気も良く、三国志城は遠くから見るとカラフルな幟がたっていてわかりやすいってことを確認。7:50に駅を出たのについたのは8:40ぐらい。さすが3.3kmだ。
 三国志城の売店&食堂にはすでに何人か来ていて、食堂のところではなぜかアニメの横山光輝三国志の赤壁の戦前のエピソードが流されていた。私はそれを背に「漢代の文物」を読んだり、朝早くから三顧会とは無関係に見に来ている親子や老夫婦を後目に、三国志城の第四展示場に一枚一枚、展示されている、四川畫像磚の拓本を見て、三顧会開始まで時間をつぶしていた。見るたびに新たな発見があって面白い。きっと見る方の知識がかなりゆっくりと増えていっている証だな。榻の上に坐る人が膝を潜らせる几(つくえ)と榻の前に置く几の違いをみたり、堂の上でお互いに坐って向かい合っている様をみたり、車に先行する馬上の男が旄のようなのを持っているのをみたり。
 それから三国志資料室に「三国志烈伝 破龍」2巻「ふしぎ道士伝 八卦の空」1巻(また自分用に買います)、それから三国志シンポジウムの冊子と第二回 TOKYO 漢籍 SEMINARの配布物一式を置いていく。三国志シンポジウムの冊子はちゃんと「三国志研究要覧」の横に置いてきた。

・三国志資料室
http://cte.main.jp/newsch/article.php/113

 売店&食堂には顔見知りもそうでない人もまばらに集まってくる。いよいよ始まりそうな雰囲気。


・三国志コスプレ
http://cte.main.jp/newsch/article.php/330


・2006年8月14日 第五回三顧会ダイジェスト
http://cte.main.jp/newsch/article.php/380

2006年5月4日&8月14日 三国志城イベント「三顧会」開催決定


  • 2006年3月 4日(土) 22:29 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,940
場所  ちょうどモスで期間限定のモスライスバーガー「カツカレー」を食べているとき。ノートPCを広げつつ「漢代の文物」のキリの良いところまで読もうとしていたとき、ノートPCのモニターからニュースが見えた。三国志ピープルから。英傑群像のブログの記事「三国志城博物館イベント5/4開催決定!」だ。おぉ、今年も三顧会、やるのか、楽しみだなぁ、と思いつつ、三国志城のサイトへアクセスした。

・三国志城
http://www3.ocn.ne.jp/~sangoku/
・英傑群像
http://www.chugen.net/
・英傑群像ブログの記事「三国志城博物館イベント三顧会5/4開催決定!」
http://sangokushi.chugen.net/?eid=462228

 そうするとバッチリ情報が載っていた(3月4日にアップされたとのこと)。2006年5月4日(祝)、8月14日(月)に開催するとのこと。それぞれ数えて第四回と第五回ってことになる。
 5月4日の分はプログラムも載っている。挨拶と自己紹介から始まり、「中国酒盃を作ろう」、昼食、「三国志ビンゴ大会」、「三国志トランプ大会」の流れだ。
 一応、前回までの三顧会レポへのリンクをあげとく


・第一回三顧会の様子(個人サイトの日記、2004年8月15日)
http://cte.main.jp/sunshi/w/w040815.html

・第二回三顧会の様子(2005年5月4日)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/115

・第三回三顧会の様子(2005年8月14日)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/156


 「中国酒盃を作ろう」は第二回三顧会の「三国志を陶器にしよう」の第二弾ってことだ。陶器をつくってみると意外と楽しかったからねぇ。私は第二回三顧会のときは陶器に、収がない[巾責]をかぶった孫堅の絵を描いたんだけど、今回は酒盃ということで[木否]をつくろう、耳の付いた平べったい杯。と、偶然にも「漢代の文物」で今、ちょうど「五 什器」の[木否]のところを読んでいたからだけなんだけどね。[木否]は漆器だし陶器、しかも素人の手でどこまで形が再現できるかは自明なんだけど(汗)

・三顧会ダイジェスト1「三国志を陶器にしよう」
http://cte.main.jp/newsch/article.php/115

 「三国志ビンゴ大会」はやりそうで今までの三顧会でやってなかったもの。単純に数字を埋めていくのか、はたまた升目に三国志の人物名を入れていって、それを埋めていくのか気になるところだけど、三国志、と銘打たれているから、おそらく後者だろう。三国志初心者にも取っつきのいいようにあらかじめ主催者側が何人か人物名をピックアップしていて選択式みたいのだったらいいんだろうね。ちなみに今はなき同人誌展示即売会(歴史ジャンルオンリー)「歴史に名を刻め」はその形式だったなぁ。

・「歴史に名を刻め、完!」(他サイト)
http://cte.main.jp/sunshi/w/w0212101124.html

 「三国志トランプ大会」は第二回、第三回三顧会と好評だったやつだろう。創作神経衰弱。人物の書かれたカードを裏返しにしてばらまき、そこから神経衰弱のように二枚、表に返し、その二人の人物同士の関係(主従とか戦ったことがあるとか)を説明できたら、カードを手元に置くが出来るってルールだ。

・三顧会ダイジェスト3「英傑群像企画イベント」(三国志城イベント)
http://cte.main.jp/newsch/article.php/117
・第三回三顧会ダイジェスト5「英傑群像イベント<三国志トランプ大会>」
http://cte.main.jp/newsch/article.php/162

 さてイベントがどんなんだか今から楽しみ。そういや今回もコスプレあるのかな??

・第三回三顧会ダイジェストα「随時開催」
http://cte.main.jp/newsch/article.php/158

「異邦人」(古代中国個室ダイニング)


  • 2006年2月19日(日) 01:04 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,411
場所  お芝居の「長江の流れは緩やかに見えて」の前夜にネットの知り合いであつまろうということになった。いわゆるプチオフ会
 告知が20日前だったしそんなに広くは告げていないので、今回の参加者は私、USHISUKEさん、隼鶻さん、げんりゅうさんの4名。一次会は新宿で19時から二時間ほど、豚カツのお茶漬けでがっちり喰った。
 その後、21時半ぐらいに二次会にどこに行こうという話になって、そこで出てきたのが、古代中国個室ダイニングの「異邦人」ってお店。新宿にある。

・「異邦人」(古代中国個室ダイニング)
http://www.ihohjin.com/

 店内は写真のような感じ。何でもチラシによると「古代中国のシルクロードをモチーフにしたタクラマカン砂漠の洞窟を再現した個室です」とのこと(詳しくは上記リンク先で)
 なるほど、すごく洞窟っぽくて良い感じ。
 通路を突き当たった部屋の名前が「長安」。そして四人が入れる個室(ホントに洞窟っぽいところ♪)に案内される。そこの部屋の名前は「西安」。うおっ! 時空を越えている(笑) そんなこんなで四人のテンションがあがったところで、ある事実が発覚。どうも飲みだけとかじゃダメでコース料理しか頼めないらしい。一次会で満腹になっている四人はあきらめ、泣く泣くその店を後にする。
 まぁ、今度、オフ会かなにかやる機会があったら利用したいお店。営業時間は朝5時までだしね(え?)

※追記 2006年3月11日 プチオフ会 新宿編

※追記 第9回魏晋南北朝史研究会大会ノート3

2006年1月29日 中国史人游行(神戸南京町・春節祭2006)


  • 2006年1月29日(日) 23:01 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    4,228
場所

 あけましておめでとうございます。旧暦の元旦にあたる2006年1月29日に神戸南京町(中華街)の春節祭2006に行って来た。お目当ては12時スタート(2006年2月1日水曜日にもあるらしい)の「中国史人游行~中国歴史人物パレード~」のパレード前にあるという人物紹介。

・2006年1月29日-2月5日 神戸南京町・春節祭2006
http://cte.main.jp/newsch/article.php/268

20分前ぐらいに神戸南京町の長安門(東側入口)について、人だかりといえども普通に通れるぐらいの混み具合で、大丈夫かな、と思っていたら、人物紹介の会場となる中央の南京町広場では身動きがとれないほどだった。
広場のまわりには簡単な柵が設けられていて、その柵から外に観客が何重にも取り巻いている状況。私は前から四列目ぐらいなのでほとんど中が見れない位置だった。だからカメラを頭上にかかげ、その状態でシャッターを押すことにした。
それでとれたのが右上の写真。
人物紹介は京劇のメイクをし衣装を着た人が一人一人出てきて紹介されるって段取り。今回で9回目を迎えるとのこと。総勢23名。演じている人たちは一般公募とのこと。一人目は明代の皇帝、二人目は明代の皇后、三人目は楊貴妃と続いていって、四人目でいよいよ三国志の人物登場。
それが写真の左上、諸葛亮(字、孔明)だ。ちなみに写真はクリックすると拡大される。羽扇が黒いのが印象的。
それから写真の諸葛亮の右は呂布(字、奉先)。写真ではわかりにくいが頭から1メートルぐらいの触覚みたいなのが二本のびている。武官の象徴か何かだっけ? しかしマイクで紹介している司会のお姉さんが呂布を「前漢の」武将って言ってしまっている。
さらに写真の右は劉備(字、玄徳)。諸葛亮や呂布や関羽だったら何とかわかるけど、ここらへんは紹介無しだとわかりにく。ちなみに背中からでている旗は師団の象徴とのことらしく、四つの旗だから四師団率いていることを表現しているそうな。そういえば呂布は旗がなかったな。
さらに写真の右は関羽(字、雲長)。これはわかりやすい。赤ら顔と美しいヒゲだし。京劇の関羽は伝統的に顔にほくろが描かれているとのこと。これは本物の関羽に役者が敬意を表して、本物の関羽ではありませんよ、という印とのこと。
さらに写真の右は普段は四阿(あずまや)で春節のときは祭壇となるところにまつられている関聖帝君の像(関羽像)だ。かっこいいねぇ。今年も昨年と同じで、参拝指南は西遊記の登場人物、孫悟空・猪八戒・三蔵法師であり、彼らとも記念撮影ができるのだ。

・神戸南京町・春節祭2005に関聖帝君登場。
http://cte.main.jp/newsch/article.php/76

やっぱり今年もフォーチュンクッキーもらえて、昨年と違って、オレンジの口紅を用意しなくてよく、「部屋の模様替えで気分転換を!」とのこと。いや、その前に部屋の掃除をしなきゃ。
さて話を元に戻して、写真の下の段にうつって左端。うつっているのは張飛(字、翼徳)。ほうほう黒と金で渋いなぁ。
張飛の右にうつっているのが曹操(字、孟徳)。なんだかやさしそうな曹操だ。
で、最後が董卓(字、仲穎)。全然、董卓を悪く言う説明じゃなくてビックリした。衣装がピンクなんで心の中で「ラブリー董卓」という単語が浮かんでいた。

さて、三国志関連の人物はここまで。そう呉の人物が一人もでてこないのだ。

しかし人物紹介が終わったら人混みが動き出し見事にサンドイッチの具にされてしまった。

※追記 2009年の春節祭

※追記 『蒼穹の昴』で冀州の戦い(2010年11月11日)

※追記 神戸南京町広場四阿 彫刻