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第9回三顧会(2008年8月16日午後1)


  • 2008年9月 7日(日) 15:49 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,300
場所

前夜に撮った演壇周り・石城の里 三国志城
http://www3.ocn.ne.jp/~sangoku/


※前記事 第9回三顧会(2008年8月16日午前)


●12時~ お食事時間
※会場に貼っていたタイムテーブルより。

 2008年8月16日12:08。昼食時間となったわけだけど、清岡は一日二食なので、この時間は食堂に行かず、人の居ない特別企画展示場でやっぱり『漢代都市機構の研究』を読んでくつろいでいた。

12:20。
 前記事の写真のように特別企画展示場の南側にはすでにスクリーンと講壇が設置されている。
 そこへ満田剛先生らしき方が来られノートPCを開けセッティングされていた。CCTV.comで見かけた映像と髪型が違ったんでちょいと自信がなかった。

 ちょうどスタッフの傅僉さんが満田先生にお名前の読み方を確認していた。実は「剛」は「たかし」と読むそうな。そこで清岡は帝京大学、京都外国語大学、駒沢大学の東洋史の先生方の名前を挙げつつ、読み間違えやすいお名前は結構、ありますね、なんて話をしつつ輪に入る。そして名刺を頂く。実は長沙呉簡のシンポジウムで受付をしてらしたとのこと。その流れで清岡は9月14日の「魏晋南北朝史と石刻史料研究の新展開」と「第3回 三国志学会大会」の話をしていた。とりあえず関西ご出身と言うことに安心し清岡は掛布ネタを振っていた(これは関西でも話さないか)。清岡曰く「言葉を選ばないと箱根の山は越えられない」

※追記 リンク:日本学者の名前の読み方

 その後、大三国志展について興味深いお話を伺う。

12:40 話しているといつの間にか特別企画展示場に結構、人が集まってきた。「BS熱中夜話」の制作会社の方は、撮っているか判らないが、演壇から最も遠いところで三脚を立てカメラをセットしている。


●13時~ 三国志講演会 第1部「ビギナー向け」30分
13時45分 三国志講演会 第2部「ベテラン向け」30分
講師:書籍「三国志─正史と小説の狭間」
研究者「満田剛」先生
※会場に貼っていたタイムテーブルより。

・三国志―正史と小説の狭間~満田剛のブログ
http://mitsuda.blogtribe.org/

・三顧会(追記〔お詫びと訂正〕あり)  (※上記ブログ記事)
http://mitsuda.blogtribe.org/entry-7c433be87138f78362dcd35b75d9f5e0.html

・第9回三顧会講演内容(箇条書き風に)  (※上記ブログ記事)
http://mitsuda.blogtribe.org/entry-ddbb4591ce472e03e45ee3b96ed3f910.html


12:45。スタッフの傅僉さんから満田先生の紹介から始まり満田先生の講演第1部「ビギナー向け」スタート。

 まず満田先生は観衆に向けて吉川三国志横山三国志等、『三国志』を題材とした小説や漫画ぐらいは読んだことあるか、など質問を投げかける。そうするとやはり三顧会に参加するぐらいの人だから結構、多くの人から手が挙げられていた。
 その流れで少し『蒼天航路』の話。ちゃんと歴史を読んで描かれているようですごいなぁとコメント。ただ高校生以下に勧めにくいある理由により漫画だという。満田先生自身、高校でも授業を受け持っており、女子高生から「私、(『蒼天航路』を)読みました」なんて言われたというエピソードが出ていた。

 スクリーンにワードファイルのようなものが映し出され、講演の本題へと滑り込む。
 まず歴史書の陳寿『三国志』(正史類)の説明。先行する歴史書である王沈『魏書』・韋昭『呉書』を参考にして紀元280年から284年の間に書かれた。『三国志』の特徴として簡潔で(悪く言えば舌足らず)、後に裴松之が注を付ける。
 番組の『大相撲ダイジェスト』の例えを出しつつ(場内笑)、『三国志』はダイジェスト的であると説明。その理由として陳寿が書いた時期は王沈『魏書』・韋昭『呉書』が残っていたことや対象となる人物が生きていたことなどが挙げられていた。

 そのため『三国志』を読んでもよくわからない箇所が出てくる。
 その例えとして出てきたのが、赤壁の戦い。満田先生曰く「赤壁の戦い、解る人居たら教えて下さい」。赤壁の戦いを例に出し、『三国志』魏書、蜀書、呉書で記述が少しずつ違っていると解説される。

 現在の三国志関連小説の大半の元になっている『三国演義』の説明。14世紀ごろの成立。三国志をモチーフとして儒教的な価値観で「義」をより通俗的に作られている。もしかすると我々は『三国演義』を読んで儒教的な価値観を刷り込まれている? だから関羽が活躍する?
 『三国演義』成立までも面白い研究がいろいろある。関羽が剣の神様になっていたり。あと『新刊全相平話三国志』(三国志平話)の紹介。

 『三国志』の何が難しいかというと「同時代史」であること。関係者がみんな生きていること。ここで現在のロシアに当てはめてたとえ話を出し解りやすく解説されていた。

 ここで後半の第2部「ベテラン向け」の話を少しだけ出る。魏の君主は皇帝扱いされているが、蜀も呉も皇帝扱いされていない。ところが、蜀と呉の君主に待遇の差がある。蜀の方が上に書いてある。ここまで引っ張っておいてこの続きは後半か?、というネタで場内を沸かしていた。

 話が変わって「三国時代」の定義の話。いろんな見解を紹介しつつ、厳密に言えば魏が起こった220年からになるが、大まかに言えば黄巾の乱の184年から呉の滅亡の280年で良いのでは、と説明。
 その流れで黄巾の乱の説明。一応、宗教団体としておく。
 続けて董卓の説明。董卓はよくわからない人。観客に向け董卓ファンは居るか確認した上でここから董卓の悪口になると断る。と董卓ファンが居て場内笑。(馬上で)両方から弓引ける人(※「左右馳射」『三国志』魏書董卓伝)。遊牧民の習俗に慣れ親しんだ人(※「少好侠、嘗游羌中、盡與諸豪帥相結。」『三国志』魏書董卓伝)。
 一番、満田先生が笑ったのがお金の話。それまでの五銖銭を小さい銭にして銭を増やしたエピソード(※「悉椎破銅人・鐘〓、及壞五銖錢。更鑄為小錢、大五分、無文章、肉好無輪郭、不磨鑢。」『三国志』魏書董卓伝)。そのためハイパーインフレーションになった。もしかすると後々まで影響を残したという(破壊的な)意味では董卓が上位に来るのでは。
 董卓は破壊的だが小心者。この後、『三国志』蜀書許靖伝などに載る、董卓はその部下が推薦した人物を刺史や太守に任命し、それらがことごとく反乱を起こしたエピソードを紹介。
 群雄割拠の時代。袁紹や劉表の名前を出し、劉表の説明。歴史書に見られる劉表の評価はほとんど悪口になってしまっている。前向きな評価がほとんどない。

 スクリーンには魏蜀呉で代表的な人物が出ている。

満田先生「ご不満はいろいろあるかと思いましょうが…」

と頭を下げはじめ観客の爆笑をとる。そういった会場の様子を見て清岡は思わず「鉄板ネタ」とつぶやいてしまう。
それからそれら人物の説明+各勢力の動き。

 三国時代の説明。全体的に寒くなって行きつつある気候の話になり、曹丕が呉を攻めようとしたとき、淮水と江水との運河に船を遠そうとしたが凍ったというエピソードの紹介(※「八月、帝遂以舟師自[言焦]循渦入淮、從陸道幸徐。九月、築東巡臺。冬十月、行幸廣陵故城、臨江觀兵、戎卒十餘萬、旌旗數百里。是歳大寒、水道冰、舟不得入江、乃引還。」『三国志』魏書文帝紀)。寒くなるので農業が乏しくなる。
 吉川三国志に見られる一騎打ちの話で実際にはあったのか、という話題になり、それとは対照をなす、夏侯淵が亡くなった時に曹操が出した「軍策令」のエピソードを出す。夏侯淵が逆木(さかもぎ、城の周りにある敵の進行を防ぐ役割のもの。「鹿角」)を調べていたときに襲われて亡くなった。

満田先生「司令官が逆木を調べて襲われて亡くなるなんて、どういうことやねん!」(場内爆笑)

 夏侯淵は「白地将軍」と呼ばれていた。これは「何となく」という意味。満田先生が中国からの留学生(女性)に「白地」の意味を聞いたら「バカという意味です」と返ってきたとか。満田先生曰く「夏侯淵のイメージ崩して申し訳ございませんでした」(場内笑)

・『太平御覧』卷三百三十七 兵部六十八 鹿角
『魏武軍策令』曰:夏侯淵今月賊燒卻鹿角。鹿角去本營十五里、淵將四百兵行鹿角、因使士補之。賊山上望見、從谷中卒出、淵使兵與鬥、賊遂繞出其後、兵退而淵未至、甚可傷。淵本非能用兵也、軍中呼為「白地將軍」、為督帥尚不當親戰、況補鹿角乎!

 要するに司令官は武器持つこと(親戦)も控えなくてはならない。
 一般人にとってこれほど悲惨な時代はない。そういう状況で宗教、道教とか仏教とかが広がっていく。

13:16。ここで第一部終了。10分程度、休憩時間。

 清岡は演壇の近くに居て、満田先生に向かって「いろいろ鉄板ネタ、持ってますね」とか「『BS熱中夜話』、出て下さいよ」なんて話し掛けていた(※後者に関しては返答として満田先生が別の先生の名前を出していらしたけど、この記事を書いている時点ではその名前の出ていた先生に決まるんじゃないかという気がする)

 演壇のテーブルの向かって右端には、満田先生の著作『三国志-正史と小説の狭間-』と『三国志万華鏡 英雄たちの実像』が平積みになっていて販売されている(※上の写真は前の夜に撮影したものなので、まだ梱包された状態)。前者に関しては白帝社のサイトで前もって下記のように今回の講演について告知があった。

・白帝社
http://www.hakuteisha.co.jp/

--引用開始---------------------------------------------------------
○『三国志-正史と小説の狭間-』の著者、満田剛先生が“三国志城博物館”で行われるイベント、「三顧会2008」(8/16)で講演されます。どうぞご参加ください。
--引用終了---------------------------------------------------------

 販売コーナーがあるので、休憩時間に三顧会参加者が書籍を購入しそれにサインを求めたりしていた。

 ここで『蒼天航路』話。
 原作者のお葬式に行った知り合いの話に始まり、『BSマンガ夜話』の話を経由し、満田先生がブログに書いた話をしていた。『蒼天航路』のあるエピソードを見て満田先生が絶句したという。清岡はブログ記事(下記)ではイマイチ理解ができなかったんだけど、ここであれこれ質問しようやくそのエピソードの多重構造の深い含蓄がわかる。なるほどね。

・三国志―正史と小説の狭間~満田剛のブログ
http://mitsuda.blogtribe.org/

・『蒼天航路』での漢魏交替期の文学と政治  (※上記ブログ記事)
http://mitsuda.blogtribe.org/entry-6a5c720dfea1b1689bc14d028358db22.html


 というようなことを演壇の近くのローカルで話しているつもりだったが、気付けば第2部を待つ観客が集まってきていて、実はその余談を会場全体が聴いていたというオチ。
 ここで慌てて清岡はオフレコの進言をしたんだけど、特に事実を述べているだけなんで、その必要はないとのこと(笑)

13:30。それにかぶせる形で司会の傅僉さんが「オフレコ話で盛り上がってしまいましたけど、皆様、聴かなかったことにしてください」と告げ場内の笑いをとる。さらにそれをオフレコじゃないと律儀に否定される満田先生。

 第2部スタート。
 国のランク付けの話。筑摩書房の『三国志』訳本の文庫版のあとがきで井波律子先生が書かれていたが(どなたかが修士論文で書いたという)、『三国志』においてそれぞれの君主の呼び方が違う。魏が公とか王とか帝とかで、呉は名を呼び捨て。それに対し、蜀は先主・後主。これはよく考えたら変な話。后(きさき)については魏は皇后とか、呉は夫人で統一。蜀はなぜか皇后。皇帝が亡くなったときの表現も違う。魏は崩(ほう)、呉は薨(こう)、蜀は[歹且](そ)。(※清岡注。「天子死曰崩.諸侯曰薨.大夫曰卒.士曰不祿.庶人曰死.」『禮記』曲禮)
 魏は直接禅譲されているし、蜀漢は後漢の皇帝と血が繋がるし、その点、研究論文にもなっているが、呉はその時代から引け目に感じていたそうな。

※参照記事 2006年3月11日「第二回 TOKYO 漢籍 SEMINAR」午前レポ
※講演「魏・蜀・呉の正統論」

 そこらへんランク付けにも反映されているのでは?という話。

 皇帝が臣下に対してクーデターを起こすエピソード。皇帝は司馬昭に殺される。陳寿は「崩」を使わず「卒」という字を使う(※「五月己丑、高貴郷公卒、年二十。」『三国志』魏書三少帝紀)。本紀で「卒」という時点でおかしい、本紀で急に「卒」が出たら何かあったなと気付く、という話。
陳寿はもしかして仏教嫌い?の話。仏教の記述がかなりカットされている痕跡がある。例えば仏教の経典で王沈『魏書』・韋昭『呉書』が引かれていて、そこに『三国志』にはない僧侶の名前が列挙されている。そこで、三国志の時代には仏教が広がっていたのでは?と話す。

 スクリーンに地図を表示させる。
 諸葛亮(字、孔明)の南征北伐の話。シルクロードを狙っていたのでは?という話。敦煌に至るまでの涼州の辺りは今と違って結構、緑豊かだったらしい。農業生産は豊か。

 ここから大三国志展の写真をスクリーンに映しつつ、大三国志展の紹介。

※関連記事 大三国志展(物語でたどる三国志)

 スクリーンには曹全碑(碑陽)の拓本の写真が映し出されていた。
 そして満田先生はおもむろにYシャツを脱ぎだして何かと思えば、「大三国志展」のTシャツが出てくる。このネタには会場、大ウケ。

 その後、次々と展覧会の写真がスクリーンに映し出され、あれこれ解説をされていく(※マウスで画面右上にカーソルを合わせクリックし写真が変わっていったが、キーボードのカーソルキーを押すだけで写真が変わらないのかな、と細かいところに清岡は気が向いていた)。
 例えば、呉暁峰≪関公読書秋坐像≫の写真が出たところで、満田先生曰く「この絵に間違いがあるとか、これは突っ込んじゃいけないんでしょうね」など面白く解説される。関羽が手に取る書籍が冊本になっているところがツッコミ所というネタ。清岡はそれより関羽が踞しているところが気になり後でその旨を口にしていた。そこから春秋左氏伝の話や「吾虎女安肯犬子乎!」(※三国演義「第七十三回:玄徳進位漢中王、雲長攻拔襄陽郡」)の話になっていた。
 というような感じで「あまり突っ込まないでおきましょう」という言葉と共に興味深い解説があれこれ入る(※ここらへんは敢えて省略しておこう)

 「出土品関係はこんなにまとまって来ることはないんでしょうね」と「大三国志展」の魅力についておっしゃって、展覧会の紹介はしめられる。

※関連記事 「大三国志展」の日程 via 「大三国志展ブログ」

 漢王朝に「NO」を最初に突き付けた袁術の話や青州兵の話になり、満田先生が「曹操ってどんな人物だと思います?」と観客に問うと、返ってきたのが「人妻に手を出すようなろくでもないやつ」という言葉で場内爆笑(※「太祖納濟妻、繍恨之。」『三国志』魏書張繍伝など)。ここで満田先生、曹操の立場に立ってフォローされていた。
 曹操は研究者から「迷信を信じない人」と言われることもあるが、その反面、張魯を攻めたときの迷信深いエピソードもあり、それを紹介されていた(※「太祖曰:『此妖妄之國耳、何能為有無?吾軍少食、不如速還。』」『三国志』魏書劉曄伝)。曹操はいろんな側面のある人。孫子魏武注の話とか、曹沖が亡くなったときの話(※「文帝寬喩太祖、太祖曰:『此我之不幸、而汝曹之幸也。』」『三国志』魏書武文世王公伝)とか。後者で「『オレにとっては不幸だが、おまえにとっては幸いじゃ』」という父親、それを言われた息子、どう思います?」と満田先生は口真似(?)込みで解説され場内の笑いを誘っていた。

 蜀については漢王朝復興が命題のイデオロギー国家。その命題に縛られた国。劉備の解説。『蒼天航路』の劉備は意外にイメージが近いのでは?と。諸葛亮(字、孔明)はいろんな方が書かれている。満田先生からは一つだけ「彼の頭の中では地理的な視野は相当広い」とのこと。敦煌の博物館には蜀の銭があるという。
 余談で、蜀はほとんど異族?って話とか、王平は異族?って話とか、長沙走馬楼呉簡に見られる異族の話とか。

 三国志関連のサブカルチャーの話、満田先生曰く「戦いは美しくなければ!」(場内笑)。もっとすごいのはガンダム。BB戦士三国伝は中国の方が売れているという。

14:30終了。満場拍手。


※次記事 第9回三顧会(2008年8月16日午後2)

※追記 文化カレッジ講座「三国志をたどる~正史と小説の狭間~」
 

第9回三顧会(2008年8月16日午前)


  • 2008年9月 1日(月) 00:02 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,592
場所 ・石城の里 三国志城
http://www3.ocn.ne.jp/~sangoku/

※前記事 第9回三顧会前夜祭(2008年8月15日)

 2008年8月16日に山口県光市の「石城の里 三国志城」という博物館で「第9回三顧会」というイベントが行われた。
(※今までの三顧会については前記事参照のこと。)

 清岡は前日の夜からその施設に泊まっており、6時前には目が覚め、持ち込んだ缶コーヒーを飲みつつ、『漢代都市機構の研究』を読んでくつろいでいた。
 8時半からは泊まり組11名皆で朝食を頂く。相変わらず美味しくて種類が多くて良い感じ。
(そういや前夜祭だけ参加した二人がいらっしゃったけど、都合つかなかったんだろうね)
 伊比さんと共に第一展示場に展示されてある諸葛亮の系図を確認しに行く。前に話していた諸葛亮の娘は伊比さんの記憶通り確かにその系図では「諸葛果」だった。しかしながら、肝心の出典が見あたらなかった。

※リンク追記
・三国与太噺
http://d.hatena.ne.jp/AkaNisin/
・諸葛質?諸葛懐?  (※上記ブログ記事)
http://d.hatena.ne.jp/AkaNisin/20120126/1327571107

 9時、三国志城オープン、10時、三顧会開始なものだから徐々に人が集まってくる。
 天気は曇りがちで9時過ぎぐらいからぽつりぽつりと雨が降ってくる。
 今回もスタッフの方は赤いスタッフTシャツを着用している。


●9時~ 三国志城オープン
 ※会場に貼っていたタイムテーブルより。

 今回の三顧会は参加者へ事前に「三顧会開催に当たっての注意事項」と銘打たれたチラシと「三顧会アンケート」が配られていた。
 前者は「1.【三顧会の情報掲載に関して】」「2.【イベント参加に関して】」「3.【タイムテーブルについてとその他注意】」「4.【参加者様同士の交流について】」「5.【アンケート】」の項目に分かれている。
 多少、より閉鎖的なイメージを与えることに貢献してしまうかもしれないけど、普通に記事を書いていたら、思いっきり「1.【三顧会の情報掲載に関して】」の「個人の動き等がわかる詳細な情報掲載」に抵触してしまいそうなので、参加者個人に対しては今回は誰々に会ったぐらいしか書かない予定。他は団体名で書くとかだろうね。
 あと「3.【タイムテーブルについてとその他注意】」にも書いていたし、会場に貼ってあるタイムテーブルにも書いてあったんだけど、今回はどんどん予定を前倒ししていくとのこと。結果的には中だるみせず詰まっていてスムーズでかなり良かったと思う。同じ項目にはイベント中の読書は遠慮してくれるように書かれてあった。某氏は「これボクのことだ」と気に病んでいたんで、「いや結構、見かけたんで全体的にでしょう」とフォローを入れた上で「泊まりがけで参加すればゆっくり読めますよ(笑)」なんて言っていた。本棚にその旨が書かれた貼り紙もあって万全の体制。

 好例の挨拶→自己紹介がバルコニーで行われるということで、そこのイスに座って待っていると、若杉さんが来られ、旧交を温めていた。お互い変わらないのだろうけど、どうも話していると三顧会には二年ぶりらしい。道理で久しぶりな感じがしていた訳だ。


●10時~ 館長  開会の挨拶
 ※会場に貼っていたタイムテーブルより。

 まだ岩田駅から向かっている途中の参加者がいらっしゃるってことで10時20分ごろスタート。

 すでに地元ケーブルテレビのKビジョンの方一名がカメラをバルコニー奥でセッティングしている。

 スタッフの傅僉さんから谷館長にマイクを回され開会の挨拶。満場拍手。
 それから祝電が読み上げられる。

 好例の三顧会参加三日目の人に館長直筆の色紙が授与される。


●10時15分 三顧会あいさつと自己紹介
 ※会場に貼っていたタイムテーブルより。

 というわけで定番の自己紹介の時間。順番にマイクを回され「三国志のどの人物が好きか」「どこの県から来たか」を答えていく。
 三番目の清岡の番になるとスタッフの英傑群像岡本さんから「三顧会参加は何回目か」という質問が追加されたので、今までの三顧会全参加ということを自らばらす羽目に(笑)

 今回は、前回参加されていた潮出版の方飯田市川本喜八郎人形美術館のスタッフの方(公式サイトのInformationも担当とのこと)、NPO法人KOBE鉄人PROJECTの方二名、取材に来ていた「BS熱中夜話」の制作会社の方など、いろんな著名な団体の方が集まっていてビックリした。

 ちなみに今回のコスプレは、真・三國無双の諸葛亮、三国志大戦の曹操、蒼天航路の荀攸&荀[或〃]。

 10:50終了。移動時間兼休憩。


●11時~ 再現体験イベント『三国志竹簡づくり』
 ※会場に貼っていたタイムテーブルより。

特別企画展示場 会場は特別企画展示場(右の写真)。
 冒頭で傅僉さんから竹簡についての解説が入り、英傑群像岡本さんから竹簡の綴じ方についてレクチャーが入る。
 特別企画展示場には三国志ファン文庫があってそこにある本を参考にしてサインペンで書くって流れとのこと。

 前日は一人竹簡一枚を書いて皆で繋げるってアナウンスがあったんで、一枚分しか考えてなかったけど、どうも一人当たり四枚配られ、自分で繋げるってことらしい。
 次の日に館長から聞いたんだけど、日本の竹は中国の竹より幅が広いということだけど、返って文字や絵を大きくかけるんでこういったイベントにはちょうど良くなっている。

 清岡は一枚に書く文を考えており、二枚目以降思い付かなかったけど、とりあえず出典を明記することにした(笑)

 斬司徒天下乃安
  後漢書傅燮傳

竹簡作り あと清岡は「おまえ、そんな本使わないだろ!」というツッコミを期待して机の上に『木簡・竹簡の語る中国古代』を置いていた。というわけで以上の光景が右の写真。
 編綴のし方は最後までわからなかったんだけど、館長に綴じてもらった。

 他の人は出師表を書いたり、『三国演義』の桃園結義のを入れたり、黄巾賊の訛言を書いたり、複数の簡に渡って絵を描いたりしていた。中には土井晩翠(詩人)の長編詩「星落秋風五丈原」を書いていた方もいらっしゃってビックリした。
 みんな何かしらの創意工夫があって楽しんでいた。

 清岡はあんな単純な字でも何か参考にせずには書けないのでノートPCを見ながら書いていたら、三顧会参加者から司馬懿の詩を教えて欲しいと頼まれて、しばらく調べていたけど、ノーヒントだったので見つけきれず。結局、採用はされなかったけど、『通典』卷第五十二 禮十二 沿革十二 吉禮十一に載っている「晉宣王遺令」なんて見せていた。

 それで改めてこの記事を書いている今、司馬懿の詩を探して見るも見つからず。司馬懿と言えばサイト「ちうちうちう」なんだけど閉鎖されたんで、サイト「青青」にアクセスするとバッチリ載っている。出典はなんだろうと思い、詩の一節を検索してみると『晉書』宣帝紀にバッチリ載っているね(灯台元暗し的と言うか…)。今さらで遅いけど、以下に引用しておこう。「」内のところね。

帝歎息、悵然有感、為歌曰:「天地開闢、日月重光。遭遇際會、畢力遐方。將掃群穢、還過故郷。肅清萬里、總齊八荒。告成歸老、待罪舞陽。」

 とは言っても三国志城では電波状況から私のノートPCからネットに繋がらないんで結局は見つからなかったんだろうね。

 そういや「BS熱中夜話」の制作会社の方がちょこちょこ撮影されていて、近くにいらっしゃった時、隙を見つけてお仕事の邪魔にならないように清岡からお伺いをたててみる。結局、清岡が一方的に話し掛けたみたいな感じになってしまったような(滝汗)
 まだ番組の方針とか三回あるうちでどういったテーマにするかとか、きっちり決まってなくて手探り段階だそうな。三顧会への取材もストック的なニュアンスが強いんだろうなと個人的に清岡は思っていた。
 三顧会はいろんな三国志ファン層が集まり日本の三国志ファンの縮図になっているんじゃないか、という清岡の見解を示し、結構、番組の参考になるんじゃないか、と清岡が言っていた。また、そういった様々なファン層が集まる場合、最大公約数的な共通認識・共通言語として横山光輝/著『三国志』の内容が使われるという話題も清岡から出す。「孔明の罠」と言ったり、「君と予だ」と言ったり。例えば放送の少ない『人形劇三国志』よりは勉強的なニュアンスで学級文庫に置いてあるような横山光輝/著『三国志』の方がよく読まれているんじゃないかとも言っていた。
 同じ机に潮出版の方がいらっしゃったので、その話の流れで、1980年代の三国志ファンの話を伺う。三国志ファンの間で『人形劇三国志』再放送運動みたいなことが起こって中にはNHKへ電話したってこともあったそうな。なるほど~。
 今、下記の記事を見てみると、1984年3月24日までに放送があって、再放送は1985年4月1日からだね。

※参照 メモ:三国志とNHK


※追記 リンク:ファンクラブ

※追記 少年ワールド、コミックトム

 NHK-BS2で2008年6月10日『マンガノゲンバ』で『覇-LORD-』、2008年9月17日『BSマンガ夜話』で『蒼天航路』、2008年10月16日23日30日『BS熱中夜話』で三国志ナイトと立て続けに三国志ものが放送されるのはやはり2008年11月1日映画『レッドクリフ』の公開を見据えてのことかなって話していた。
(※実際、『BS熱中夜話』のスターウォーズナイトでは冒頭で『クローンウォーズ』の映像が流されていたしね)

 ほとんどの人が出来た中、英傑群像岡本さんの司会でどんなことを書いたかインタビューしていった。
 清岡にもインタビューが回ってきて、自作の解説に『後漢書』傅燮伝の一部を話していたんだけど、やはり知られていない人物ということと説明下手の相乗効果で、全くウケが悪かった(汗)

 というわけで12:08終了。


※次記事 第9回三顧会(2008年8月16日午後1)

第9回三顧会前夜祭(2008年8月15日)


  • 2008年8月15日(金) 23:34 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,443
場所 うまく撮れていないが花火を楽しむ光景※前記事 「ぐっこ どっと ねっと」オフ会(晩餐)


 山口県光市で「石城の里 三国志城」という資料館が1998年9月13日に設立された。名前の通り、『三国志』や『三国演義』に関する資料を展示する施設であり、そればかりではなく「三国志クイズラリー」や「年忘れ餅つき大会」など各種イベントも開催されている。

・石城の里 三国志城
http://www3.ocn.ne.jp/~sangoku/

 そんな中、2004年1月3日に三国志城の常連により「三国志城突発オフ会」が行われ、その対象を三国志ファン全般に拡張し、三国志城主催で2004年8月15日に「三顧会」という交流会が開催され、それ以降、年二回のペースで続いている。

○過去の三顧会参考記事
 2004年8月15日 第1回三顧会 ※個人サイトの日記
 2005年5月4日 第2回三顧会
 2005年8月14日 第3回三顧会
 2006年5月4日 第4回三顧会
 2006年8月14日 第5回三顧会
 2007年5月4日 第6回三顧会
 2007年8月14日 第7回三顧会
 2008年3月23日 第8回三顧会


※関連記事 第8、9回三顧会(2008年3月23日、8月16日)

 そのうちの第5回三顧会から前夜に三国志城が特別に開放され、特別企画展示場に雑魚寝で泊まれるようになっていて、今回、2008年8月16日の第9回三顧会の前夜も泊まれるようになっていた。題して「前夜祭」。

 2008年8月15日に清岡は播州赤穂線を通って山陽線のシティライナーを乗り継ぎ(車中では小説を書く以外は、佐原康夫『漢代都市機構の研究』(汲古叢書31 2002年)や植松慎悟(九州大学)「後漢時代における刺史の『行政官化』再考」(『九州大学東洋史論集』第36号,2008年3月)を読んでいた)、三国志城の最寄り駅である岩田駅に向かっていた。
 17:55岩田駅着で光市営バス塩田線の岩田駅前発の終バスが17:57発だったんだけど、電車が1分強遅れていて、岩田駅に着くや否やダッシュでバス停に向かい、何とかバスに乗ることができる。

 「次、降ります」のボタンを早く押しすぎて一つ前の源城に降りてしまって、18:15、三国志城到着。
 谷館長や英傑群像岡本さんへの挨拶もそこそこに特別企画展示場に荷物を置きに行くと、四名ぐらいの方がいらっしゃって、そのうち晩飯だけ食べて泊まらない人が三名もいらっしゃったので、今回は泊まる人が少ないんだと思っていたら、実はその時、十名ほどお風呂に行っているとのこと。
 一体、何名が前夜祭に参加するんだと思いつつ、帰ってくるのを待つことに。

 その間、三国志ファン文庫から『コミック三国志マガジン』Vol.6と『三国志シンポジウム』(冊子)を取り出し、下記のように「三国志ファンのサポート掲示板」での返信を書き込んでいた。
(※と言っても電波が届かないところなので、テキストファイルに打ち込んでいたんだけど)

・三国志ファンのためのサポート掲示板
http://cte.main.jp/
・Re:『三國食貨志』? (上記掲示板の投稿)
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=one&no=3170
・第一回 三国志シンポジウム (上記掲示板の投稿)
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=one&no=3171

 みなさんがお風呂から帰ってきてその中に見知った伊比 学さんがいらっしゃったのにはビックリした。六月のオフ会以来。

 19:30。それで食堂に集う前夜祭参加者たち。すでに揚げ物やら古米おにぎり(関羽むすび)やらご馳走が用意されている。
 数えてみると館長やスタッフも会わせ総勢20名居た。
 それで会食し、その後、英傑群像岡本さんプレゼンツのビンゴ大会。

 21時前、さらに昨年と同じく手で持つ花火が用意されていて皆で楽しむ。うまく撮れていないけど、それが右上の写真。手で持つ花火なんて何年ぶりだろ。

 結局、泊まり組は11名。現在に至る。西側では6名ほどがテーブルを囲んでカードゲームしている。
 清岡は先に眠ったんだけど、それ以外の10名全員がカードゲームを楽しんでいたようだった。25時消灯。


※次記事 第9回三顧会(2008年8月16日午前)

※追記 三国志学会 第四回大会ノート(2009年9月5日)

第1回 三国志検定(2008年12月14日) via 「英傑群像」


  • 2008年8月 9日(土) 11:28 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    3,328
場所

<9/28追記>

9月22日にオープンした模様。あれこれ見所があるね。

・三国志検定公式ポータルサイト
http://www.3594kentei.com/

問題監修に渡邉義浩先生。後援に映画「レッドクリフ」/飯田市川本喜八郎人形美術館/中日新聞社/株式会社コーエーネット

3級の基準は『三国演義』だって。版本の違いとか出題されても分からないな。
 

 >カレンダ

※追記 第1回三国志検定 出題問題と解答

※追記 第2回三国志検定(2009年7月12日)

※追記 第3回三国志検定(2012年3月25日)

※追記 三国志検定公式問題集(2010年10月29日)

<追記終了>

面白い記事だったので情報中継。

・英傑群像(三国志エンターテイメント 情報&グッズ)
http://www.chugen.net/
・全国「三国志検定」12/14実施  (※ブログ記事)
http://sangokushi.chugen.net/696/index.html

上記ブログ記事にもあるように下記のようにすでに公式サイトができている。

・三国志検定公式サイト
http://www.kentei-uketsuke.com/sangokushi.html
 

三国志 × The Ancient Olympics Games


  • 2008年8月 1日(金) 00:16 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,559
場所 ・CANAL GARDEN (キャナルガーデン)
http://www.canalgarden.co.jp/
・三国志 × The Ancient Olympics Games
http://www.canalgarden.co.jp/canal_story/08_newyear/top.html

<8/9追記>
・サマーファイナルプレゼントキャンペーン
http://www.canalgarden.co.jp/canal_story/08_summer/final.html
※二頭身のフィギュアが当たるキャンペーンだね。8/8-24の期間。応募用紙は一階の特設会場にあるそうな。
<追記終了>

・ぐっこ どっと ねっと-~三国迷ぐっこのHP~
http://gukko.net/
※「ぐっこ どっと ねっと」内のキャナルガーデン関係の記事を下記にまとめる。
・ハーバーランドのバカップルロードで劉備や曹操たちがオリンピックをしていた件
http://gukko.net/modules/wordpress/index.php?p=545
・あけめしておめでとうっヽ(´∀`)ノ!!!!
http://gukko.net/modules/wordpress/index.php?p=564
・神戸三国志祭いってきたよっ(;゜∀゜)=3
http://gukko.net/modules/wordpress/index.php?p=593

※前記事 第2回三国志祭(三国志パレード)

 2008年7月27日18時11分、六間道商店街にある駒ヶ林駅から神戸市営海岸線、三宮・花時計前行の地下鉄に、ぐっこさん、雑号将軍さん、パピヨンさん、清岡の四名は乗り込む。18時20分にハーバーランド駅で降り、南下し、キャナルガーデンの西端へ出る。
 目的はキャナルガーデンにある三国志関連の人物像を見治めておこうというもの。2007年12月27日から2008年8月末まで神戸ハーバーランド(神戸市中央区)のショッピングモール内(キャナルガーデン)において「三国志 × The Ancient Olympics Games」という企画が行われている。それは古代オリンピック競技をしている発泡スチロール製(※銅像ではない)の三国志の人物像が展示されるという企画。冠やら衣裳やらのデザインから見て「三国志」というより「三国演義」が正確なんだろう。

※関連記事 神戸ハーバーランドに三国志の武将像


※追記 キャナルガーデン曹操像の移設(2008年10月)

 前述のようにこの像自体は2007年末から展示されているものの、なぜかこの数ヶ月、あちこちの三国志関連のブログやコミュニティで紹介されているのを見かける。ネットを介しての現代的な口コミなんだろうけど、何であんなにテンション高く(しているように見える?)文を書けるのか清岡は不思議がっていたし、現地でもその旨をぶつくさ呟いていた。個人的には、実際、像を目の前にしても、これだけの展示のためだけに遠くから訪れようとは思わないな。いや見る前から情報過多になっているせいだろうけど。個人的には今回のように三国志祭のついでに来るぐらいがちょうど良いかな。
 とりあえず、どこのブログを見ても人物像のアップの写真しかなく、会場の雰囲気が掴めにくいと思ったので、場の雰囲気がわかるように引いて撮ることに努めた。そのため、詳しく見たい人は現地に行くか、他のブログを見ていただけると幸い。上記のサイト「ぐっこ どっと ねっと」の各記事が写真が大きいしお勧め。

 キャナルガーデンは直訳すると「管の庭」というとおり、東西に長細い空間であり、天井まで吹き抜けで、屋根も東西の壁もガラス張りで外の光をうまく取り込んでいて屋内なんだけど開放感がかなりあるところ。
 そのキャナルガーデンに人物像が十二体、間をあけて設置されていて、人物像全て、西を向いていて、なぜか全て両目に緑色発光ダイオードが仕込まれ四六時中、不気味に両目が光っている(写真では青色に見えるが)。そのため、西から東へ抜けるのが順路ってことになるのかな。
 人物像は西から順に、劉備(槍投げ)、関羽(レスリング)、張飛(ボクシング)、諸葛亮(競馬競争)、周瑜(円盤投げ)、孫堅(長距離走)、孫策(中距離走)、孫権(短距離走)、司馬懿(五種競技)、袁紹(幅跳び)、呂布(総合格闘技)、曹操(戦車競走)となる。
 四体ずつ国別に色分けされていて、蜀が紫色ベース、呉が黄色ベース、魏が赤色ベースになっていて、そのためか、なぜか袁紹と呂布が魏になっている。

何やら小一時間簡単に過ぎそうなトラップ。関羽像
キャナルガーデン東側

 西からキャナルガーデンへ入ってまず目に付くのが槍投げ劉備。一体、この劉備はどこに向かって槍を投げようとしているのかというツッコミどころを出している。
 そういえば帰りしなのぐっこさんの話によると、キャナルガーデンに面した店がほとんど閉まって暗くなっている中、この人物像の目だけは光っていて、とても不気味になっているそうな。「夜中に動き出すという噂を流したらみんな信じて都市伝説になるんじゃないか」ってぐらいだ(笑)

 西側あたりは、当の人物像よりは劉備像と関羽像の間にあるピタゴラスイッチに出てきそうな装置に皆さん釘付け(右上の写真、ピンクのオブジェ)。中を見ると、いくつものボールがレーンを転がったり、上に持っていかれたり、バウンドしたりしている。確かに見続けると一時間ぐらいあっという間に過ぎてしまいそうだ。

 それから関羽像(写真)。ヒゲがないのはおかしいんだけど、もしかすると京劇で関羽を演じる役者が自らを本物の関羽でないことを示すため、ホクロのメイクを施すように、ヒゲを取り除くことでこれは本物の関羽でないということを示しているのかもしれない。

 それからエスカレータで二階に上がり、上から東側と西側を続けて撮る。小さくて判りづらいが、人より明らかに大きな人影があることを確認できるだろう。
 しかし東側から西を見ると、まったく人物像の顔がまったく見えないね。

 トリを飾るのは戦車競走の曹操。清岡はテレビ番組『オリラジ経済白書』で秦の始皇帝の時代の戦車が出てきていて、その再現イラストで戦車に大砲が乗っていたことを思い出していた。

 それにしても進賢冠武冠の一つでも表現されていれば、こちらのテンションが上がるのになぁ、という思いで清岡は人物像を眺めていた。

 そういえば「神戸 三国志」という検索ワードでは、この「三国志 × The Ancient Olympics Games」か、「三国志祭」か、神戸開催の「大三国志展」か、サンテレビで放送している『一騎当千 Great Guardians』か、神戸からは離れるけど同じ兵庫県の伊丹で公演のある『人形劇「三国志」総集編』か、それか『三国志大戦3』の設置店などをあれこれ想定できるんだけど、実際のところ、こういうやる気のない検索ワードを使う人は一体、どれを求めて居るんだろうね。

 そういえば近くの携帯電話のショップでこの人物像のフィギュアが売られているという情報を掴んだけど、確認するのをすっかり忘れていた(笑)

 それはともかく、一行はキャナルガーデンの屋内を通り抜け、陸橋をわたり、神戸モザイクへ向かうことになる。


※次記事 「ぐっこ どっと ねっと」オフ会(晩餐)

第2回三国志祭(三国志パレード)


  • 2008年7月30日(水) 23:41 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,056
場所 ・三国志祭オフィシャルサイト
http://sangoku-maturi.com/

・KOBE鉄人PROJECT
http://www.kobe-tetsujin.com/

※関連記事 第2回「三国志祭」開催決定(2008年7月27日)

※前記事 第2回三国志祭(三国志コレクション)

※前記事2 「ぐっこ どっと ねっと」オフ会(カラオケ)

 2008年7月27日17時40分、狙い澄ましてカラオケ店から出てきた、ぐっこさん、雑号将軍さん、パピヨンさん、清岡の四名はちょうど中国獅子舞の先頭に遭遇する(写真)。
中国獅子舞巨大灯ろうパレード俯瞰

 チラシによると神戸市立兵庫商業高校「龍獅團」とのこと。中の高校生も外の高校生も三国志祭Tシャツを着ている。なんというかチームワークは抜群。時たま中の人と外の人が入れ替わるんだけど、外の人が視界の狭くなる中の人を観衆の前に行くようにガイドしているのだ。他にも中華風の楽器を奏でている高校生も多く居た。

※追記 メモ:横浜中華街 関帝廟 関帝誕 神輿巡行(2013年7月31日)

 パレードは新長田一番街商店街の北から、大正筋商店街の南までアーケード内を直進し、その後、六間道商店街の西から東進し、途中、本町筋商店街の南端から北上するといった新長田地区をぐるりと半周するコースを取る。
 「第2回三国志祭(三国志コレクション)」の記事でも少し書いたように、この日は何も三国志関係のパレードだけじゃなく、先行して阿波踊りや民謡などのパレードが行われており、さらには商店街の各地でいろんな催事が行われているようだ。どうも私見だと三国志パレードだけだとかなり浮いた印象があるけど、こうやっていろんな催事の一つだと思うと妙に納得できる。

 「龍獅團」に続いて巨大灯ろう3基が来ているのが見える。新長田一番街商店街から大正筋商店街へ行くには国道2号線を横断しないといけないため、信号待ちがあるようだ。そのためか、「龍獅團」が国道2号線を渡り終えた後でも巨大灯ろう3基は信号の前で進んだり退いたりを繰り返していた。

 巨大灯ろうは1基当たり四面に横山三国志のイラストが描かれてある。新長田駅前広場に置いてあった時、その中で、芙蓉姫、貂蝉、孫夫人が一つの絵に納まっているというあり得ないのがあったのを見かける(写真)。合成の痕跡として貂蝉の目に涙があるんだけど、何故かその涙、白く塗られてなく、肌色に塗られている。ぐっこさん曰く「顔に傷のある貂蝉」と言っていた(笑) まぁそれを言ったら、劉備、曹操、孫権で前二者が髭なしの若い頃というのも変だけど。
 絵の配置は、

 一基目、前(諸葛亮孔明、背景に「ポロロン」と空城の計)、左(関羽雲長、千里行の場面)、右(姜維伯約)、後(周瑜公瑾、背景に水軍)
 二基目、前(劉備、曹操、孫権)、左(関羽、張飛、趙雲、黄忠、馬超)、右(呂布奉先、馬で突撃)、後(芙蓉姫、貂蝉、孫夫人)
 三基目、前(馬超と張飛の一騎打ち)、左(夏侯惇と許[ネ'者]の馬で突撃)、右(太史慈と孫策の一騎打ち)、後(南蛮王 孟獲、背景に像に乗った藤甲兵)

※というわけでチラシの巨大灯ろうの配置は殆ど間違っている。

となっており、その巨大灯ろうを三国志祭Tシャツを着た小学生たちがスタッフの掛け声「エーヤンヤッシャ」や「モードッタ」にそれぞれ応じ掛け声を出し、それぞれ前に進んだり後に退いたりするという流れ。また、小学生の鉢巻きの色が灯ろうによって変えられていて、その違いを利用しスタッフは統率をとっている。一基目の鉢巻きが赤、二基目が緑、三基目が黄。
 一基目の後にコスプレイヤー参加者の方々が行列に参加されていた。第8回三顧会に参加されていた横光徐庶コスのアスナさん、横光諸葛亮コスが雪代さん(第3回三国志の宴でもお見かけした)、横光[广龍]統コスの方のお三方+侍女コス(?)の四人という構成。
 第7回三顧会で見た昨年の三国志祭の写真だと、その時は無双コスの方もいらっしゃったような気がする。

 離れたところで、ぐっこさんは「レイヤーさんの前に出て、『目線くださーい』とか専門的なことを言って写真撮ってください」なんて言っていた(笑)
 あと「衣裳まで用意してくれたら参加したのになー」だって(笑)
 さらにネタで「来年までに学園三国志を流行らせて、学三コスがあれば」なんてことも(笑) 衣裳は制服そのままだものね。

 とりあえず場の空気は充分味わったので、大正筋商店街で二階から俯瞰の写真を撮り、18時前にはその場を後にする。

 次は駒ヶ林駅からハーバーランド駅まで乗って神戸ハーバーランドへ。


※次記事 三国志 × The Ancient Olympics Games

※追記 第四回三国志祭(2010年10月2日3日)

第2回三国志祭(三国志コレクション)


  • 2008年7月29日(火) 19:38 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    3,962
場所 ・三国志祭オフィシャルサイト
http://sangoku-maturi.com/

・KOBE鉄人PROJECT
http://www.kobe-tetsujin.com/

※関連記事 第2回「三国志祭」開催決定(2008年7月27日)

※追記 第三回三国志祭(2009年8月22日23日)

 上記のオフィシャルサイトにあるように2008年7月27日に「第2回三国志祭」が行われた。

 当日、「ぐっこ どっと ねっと」のぐっこさんが「第2回三国志祭」を皆で見に行こうというオフ会を主催してくださったので、清岡はそれに合流し、「第2回三国志祭」に行くことにした。

・ぐっこ どっと ねっと-~三国迷ぐっこのHP~
http://gukko.net/
・神戸三国志祭いってきたよっ(;゜∀゜)=3
http://gukko.net/modules/wordpress/index.php?p=593

※関連記事 「ぐっこ どっと ねっと」でオフ会(2008年7月27日)

※追記 神戸・長田に“第2のトキワ荘”を…地元商店主ら計画(読売新聞2008年8月23日付)

※追記 横山光輝「三国志」スタンプラリー開催(2009年3月8日)

※追記 『よ~いドン!』で新長田駅周辺(2009年7月21日)

※追記 三国志学会 第四回大会ノート(2009年9月5日)

※追記 第四回三国志祭(2010年10月2日3日)

 オフ会の集合はJR新長田駅の13時。清岡は12時46分着の電車で集合場所に到着する。しばらくすると、目印として黒羽扇をもったぐっこさんが登場。声を掛け、挨拶する。なかなか諸葛亮が持っていそうな白い羽扇が売っていないそうな。実際に白だったのか疑問を呈されていたので、清岡からは文献上、白だと答える。ぐっこさん曰く中国中央電視台製作の『三国演義』では黒っぽかったとのこと

・諸葛亮の羽扇について。(「三国志ファンのためのサポート掲示板」内ツリー)
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=1452

 その後、同じく黒羽扇を持った雑号将軍さん、パピヨンさんが来られ、第2回三国志祭(三国志コレクション)の会場へ向かうこととなる。四人中二人も黒羽扇を持っているとは見る人が見たら目的地がすぐばれるグループだね。ちなみに清岡からは全員初対面。ぐっこさんとパピヨンさんは以前、会ったことがあるそうで。

※その他、第2回三国志祭については下記のブログ「K.T.P.S.2006(Blog)“神戸市長田区(新長田)と鉄人28号・ジャイアントロボ”」の記事参照のこと。

・K.T.P.S.2006(Blog)“神戸市長田区(新長田)と鉄人28号・ジャイアントロボ”
http://blog.goo.ne.jp/k_t_p_s_2006/
・三国志祭 (※上記ブログ記事)
http://blog.goo.ne.jp/k_t_p_s_2006/e/06cbc54952f769903736adb4b5fc3256
・追加情報(27日の新長田) (※上記ブログ記事)
http://blog.goo.ne.jp/k_t_p_s_2006/e/3446665f88b68be58590ec5606f2f24c
・余韻いまだ冷めやらず
http://blog.goo.ne.jp/k_t_p_s_2006/e/bf30819cad3c50c0704e75c4712225be


 駅を南に出ると、新長田駅前広場にいきなりパレードで使う巨大灯ろう3基が出現。どうやらパレードのスタート地点近くのようで、まあ、宣伝も兼ねているのかもしれない。灯ろうの絵に少しツッコミを入れていたんだけど、それは後の「第2回三国志祭(三国志パレード)」のところに書いておこう。

第2回三国志祭(三国志コレクション)の会場入口 そこから西に向かって、新長田一番街商店街のアーケード沿いに南下し、国道2号線を越え引き続き大正筋商店街のアーケード沿いに少し南下したらその道の西側(左手)に、会場となる「アスタくにづか2番館」の1階の特設会場がある(右の写真)。「三国志コレクション」の会場。道中はぐっこさんに『三国志大戦』のインターフェイスとファン文化の説明をしていたっけ。あと『三国之見龍卸甲』の日本公開が決まっていないこととか。
 清岡は公式サイトを見て勝手に屋外を想像していたんだけど、屋内の広いフロアだったんだね。
 フロアの奥のステージではすでに13時スタートの「俵越山先生(EX/越前屋俵太)による書道パフォーマンス」が開演されており、俵越山先生によるトークが行われていた。
 入り口に立ち竦んでいると、入ってすぐ右手が「三国志クイズラリー」の受付だったようで、受付の人からクイズラリーの用紙を頂く。スタッフは皆、背中に「三国志祭」と書かれた黄色のTシャツを着ている。サイトを見ると去年は赤だったのかな。11時スタートだったんで、クイズラリーの用紙がなくなっているんじゃないかと、事前に危惧されていたが、どうやら大丈夫だったようだ。
「俵越山先生による書道パフォーマンス」 まず目の前で「俵越山先生による書道パフォーマンス」の会場に寄る。西の壁際にステージが用意されていて、その前に観客席が(数えてみると)72席あって、皆、一つとばしとか余裕を持って座っているものだから空席がちらほら見られるものの、その分、観客席の東側の立ち見が居るって状況だ。なので、その時の観客は60名程度だったんだろう。
 ステージでは俵越山先生曰く「書き始めたら一瞬で終わる」とのことなので前説のようなトークを繰り広げられていた。観客はその一言一言に笑い声で湧いていた。
 そのうち、会場で和太鼓が鳴らされ、俵越山先生が大きな筆をとり、西の壁に掲げられた白紙に書き始める。書き終え、俵越山先生によると「志」という字を書いたそうな(写真)。「三国志」の「志」、つまり「こころざし」について話をされ、満場拍手。
(※ちなみに「三国志」の「志」は「しるす」という意味ね)
 その後、俵越山先生が地球一周分(約四万キロメートル)を書の線でまっすぐ書きたいという野望について話されていた(北海道の30キロメートル直線道路の話や面白エピソードを含ませつつ)。その企画の一環として今から観客何名か全員に白のTシャツを着させて横一列に並んでそこに俵越山先生が横一文字に書くというパフォーマンスを行うとのこと。
 そのトークの間、清岡は立ち見の場からこっそり抜けて、今回、スタッフとして参加されていた英傑群像岡本さんに挨拶しに行き、次の三顧会に参加する旨を伝えていた。

 まだステージでは「俵越山先生による書道パフォーマンス」が行われていたものの、オフ会メンバーは会場内を見て回ることに。
 自然と、会場の後、南の壁のブースを西から順に見ていくことになり、まずは正子公也氏デザインのフィギュア、版画を見る。

 

(※しかし、個人的に、畫像磚石・俑などの出土史料に依拠した絵を描く画家が居ないのは残念に感じてしまう)
 その東に「英傑群像」のブースがあって、様々な三国志グッズが売られていた。それから人物ごとに書かれた同人誌も置かれていた。中身は見れなくなっていたんだけど、雑号将軍さんはタイトルにある「黄権」に関心を抱かれていた(そこから派生して馬岱の字の話をしていた)。あと青龍円月刀のグッズを欲しがっておられた。店員さんから持たせてもらったんだけど結構、軽くて良い感じ。

・英傑群像(三国志エンターテイメント 情報&グッズ)
http://www.chugen.net/

 ぐっこさんは「三国志地図」両面下敷きに興味を持たれていた。何でも県や道が記された地図が欲しいとかで。

※追記 三国志学会 第四回大会ノート3

 さらに東にあるブースに移動。南の窓の上を見ると「日本一の三国志グッズコレクター 臥猪亭おやじのこだわり本屋」という看板が出ている(※今、ネットで「臥猪亭」と調べてみると、上記「英傑群像」のサイトにコーナーがあるね)。「三国志祭」公式サイトでは「三国志関連書籍販売」って書いていたやつだね。その名のとおりブースの前方には書店でよく見かける一般向け書籍や別冊宝島の文庫(ちなみにオリジナルの『別冊宝島793 三国志 曹操 孟徳伝』に巻頭特集として載っていた『蒼天航路』特集は文庫版ではないとのこと)、『正史 三国志』(筑摩書房の文庫。つまり『三国志』の訳本)や『三国演義』の日本語訳の他、中国の書籍の『図説三国』シリーズ、中国で流行っている三国演義の漫画(10元)なんかが置かれていた。
 ぐっこさんは『三国志集解』があれば買うっておっしゃっていた。
 このブースの店主はかなり気さくな方で、我々が話していると、あれこれ含蓄のある話を交えつつ教えてくれる。群馬県の居酒屋三国志の人が諸葛亮の衣裳一式を買って帰ったとか(…と高知新潟以外にも居酒屋三国志あるの?)
 あと三国時代の地理を示した一枚地図(紙製、片面のみ)が売ってあって、ぐっこさんが物色。横から清岡も見てみる。ポイントとしては海岸線とか川とか現在と当時では大きく変わっているかどうかなんだけど、ちゃんと変わっている。さらには大まかに山や丘陵などが書き込まれた上に道まで書かれている。「何を元にしているんだろう?」とビックリして地図を見てみると、参考文献として譚其驤『中国歴史地図集』など他二冊が明記されていた。なるほどね(笑) 値段も千円超えないと安いためか、ぐっこさんはこの地図を購入されていた。
 このブースはどういったブースなのだろうと疑問に思ったので、話ついでに清岡は店長さんに尋ねてみると、元々は三国志グッズ集めの趣味があって、どうも決まった場所にお店を構えているとかではなく、大三国志展で出店したりしているそうな。それで名刺を頂いた。それには「中国書画書籍・DVD・三国志グッズ 株式会社 草林舎」と書かれてあった。
(※今、ネットで調べてみると同名の会社がたくさんあるね。これは「大阪市中央区」にある会社ね)
 あと店長から漢中博物館の「袞雪」拓片(曹操の筆と伝えられる石刻文字の拓本)の商品を勧められる。
 ここでぐっこさんが『三国志集解』を求め東方書店に行ったエピソードを話されていた。その時、東方書店では『三国志集解』は売り切れていて、「今日、『三国志集解』を買いに来た人はこれで四人目」と言われたそうな。
 それと店長から弩の青銅機械部分のレプリカを見せられる。そこから『開運なんでも鑑定団』に出ていた連弩の話を清岡から振っていた。

※追記 三国志フェス2010(2010年8月21日土曜日)

※追記 メモ:三国志フェス2011が始まるまで(2011年9月9日)

 ここから向かいにある企業出展ブースに移る。ちょうど東寄りの南北の中央に4つの企業出展ブースがある。
 まずその四つのうち、南東に位置する映画『レッドクリフ』のブースへ。

・RED CLIFF 映画『レッドクリフ』公式サイト
http://redcliff.jp/

 映画での人物紹介のパネルが展示されてあったので、その前で、中村獅童さんの役の半架空人物の甘興(カンシン)を指さし、「謎の武将や、誰やねん」なんてツッコミを入れていた(※甘寧がモデルらしい)。ぐっこさん曰く「金城武」(かねしろたけし)を普通に「きんじょうぶ」という中国人と思っていたとのこと(笑)
(※今、他のブログを見たら、この人物紹介のパネルは小喬を巡る戦いみたいな感じになっていたんだね。そんな目立つところをツッコミ入れ忘れなんて清岡はよほどこの映画に興味を失っていたんだね)
 と話していたら、ブースの人からセールストークを受ける。そのブースでは前売り券を売っていて、この会場でしか手に入らないパンフレットが付いてくるそうな。あと孔ピー、周ピーは以前、前売り券全てに付いていたんだけど、そこでは前売り券4枚買わないと付いてこないようになっていた(つまりハードルが上がっていた)。
 ちょうどメンバーが四人居たので、勧められたんだけど、清岡は映画自体にテレビで放送するのを待てるぐらいの興味しかなかったので、早々に買わない宣言を出す。それに仮に四人が買っていたとしても、一つしかない孔ピーあるいは周ピーを誰がゲットするかという問題もあるね。
 その隣の西へ進むとそこのブースはオンラインゲーム『三国志豪傑伝』のブース。ポスターが貼られ、動画が流され、チラシが置かれてあった。

・三国志~豪傑伝~
http://sangokushi-hero.redbanana.jp/

 その北隣の『三国志男』のブースへ。フリーペーパー「三国志新聞」の2号が置いてあって、当然『三国志男』が売っていて、その作者のさくら剛さんが待機されておられ、買えば本にサインが貰えるとのこと。ブースを区切るパーティションには『三国志男』に掲載されている写真(大喬人形とか)のカラー版が展示されていた。
 しばらくするとさくら剛さんの前にはサインを待つ人の行列ができていた。

・さくら剛・著「三国志男」公式サイト
http://www.sanctuarybooks.jp/sangokushi/

 そのブースの東側には『三国志男』のサイトにある武将イラストが展示されていた。
 さらに東隣の『BB戦士三国伝』のブースへ。曹操ガンダム、劉備ガンダム、張飛ガンダム、関羽ガンダムが展示されていた。

・BB戦士三国伝 ~英雄激突編~
http://sangokuden.net

 これで企業出展ブースを一通り見る。こういう試みは面白いので次回も是非。『三国志男』以外は登録商標持っていたり商標出願中だったりするんだね。

 そのまま東に進むと、「武将イラストギャラリー」とところで、東の壁(というかパーティションだろうけど)にいろんなイラストが展示されていた。司馬子龍さんの作品など見慣れた作品があったので、恐らくサイト「英傑群像」の三国志武将イラストコンテストでの作品なんだろうね(そういや知らない人がカメラで細かく撮影していたな)。

・英傑群像(三国志エンターテイメント 情報&グッズ)
http://www.chugen.net/


 そのまま壁伝えに行くと、北の壁には「横山光輝三国志 パネル展示」がある。絵を交えた横山三国志のストーリー説明。やたら諸葛亮に多くを割かれていると皆でツッコミを入れていた。
 あと横山三国志は張飛も長い髭なので関羽と区別がつきにくいって話をぐっこさんが出していたので、清岡からは中国だと張飛と言えば虎髭だから江戸時代の『絵本通俗三国志』を参考にしたのではないか、と言っていた…特に根拠はないが(汗)
 あと、絵を交えた人物紹介があったね。それぞれ人物を特徴付ける名場面の絵が使われていた。劉禅は降伏後の「蜀は恋しくない」(仮名)のコマが使われていた(笑)
 それとイラスト付きの前出師の表の訳。

誰がどう見ても赤兎馬 その後、フロアの北西エリアに行く。まず手前にゲームコーナーがあった。「赤兎馬でGO!」と銘打たれている。何のゲームかというと、「誰がどう見ても赤兎馬」と書かれた健康ロデオマシーン(※ぐっこさんが撮影許可をとってくれたので写真を撮る・笑)。どうやらその上に乗りつつ、おもちゃの弩を打って、数メートル離れたマトに当てるようだ。100円で三回撃てるとのこと。マトはど真ん中に蜀という文字があって、上に諸葛亮、右に関羽(赤兎馬に乗って撃つマトなのに赤兎馬が描かれている・笑)、下に劉備、左に張飛が描かれている。すべて横山三国志の絵。
 一行はとりあえずスルーして撮影コーナーを見に行く。曹操コスプレ(鎧)が1000円で諸葛亮コスプレ(衣裳)が500円だそうな。
 それで東へ戻ってきたんだけど、どうやら、ぐっこさんがゲームコーナーに挑戦するとかで、係員に100円を払い、おもむろに赤兎馬に乗る。そして赤兎馬が震動し始める。
 端から見るとルールがよくわからないものの、いきなりぐっこさんはマトのど真ん中に矢を射る。その後、二射、三射とど真ん中に当たらない様子。ここでゲーム終了。どうやら賞品がないようだ。
 しばらくぐっこさんが係員と何やら話していたようだけど、どうやら再チャレンジされるようだ。再び赤兎馬がうねうね動きだし、一射目ど真ん中命中、二射目外れ、そして三射目では見事命中! 周りが拍手で湧く! 賞品の三国志祭Tシャツをゲットされていた!
(ちなみに清岡はぼそっと、弩は震動に弱いので騎射はできないのでは?とコメントを入れていた・汗)

 それで時間を見ると14時を大きく回っていた。後の予定があるのでさっさとクイズラリーに行くこととなった。
 そういや入り口入って左のところが横山光輝三国志グッズのブースになっていて、『横山光輝・三国志』全6巻(ニンテンドーDS)がセット販売されていたり、あれこれグッズが置いてあった。

 クイズラリーは長田地区の商店街を巡って、ポイントを四カ所探し出し、それぞれで用意された判子を押しクイズに答え、戻ってくるという主旨。参加者には後で記念品が貰える。
 とりあえずポイントとなるB地点に行くため、大正筋商店街を南下するも、途中、阿波踊りのパフォーマンスに道を遮られる。パフォーマンスの周りにいる観衆と店のディスプレイの隙間を縫って四人は先を急ぐ。なかなかプチ冒険みたく楽しかった。そういえば三国志コレクションの会場に行くときに阿波踊りの集団とすれ違ったときに、雑号将軍さんに「その羽扇でビーム出して一騎当千で蹴散らしてくださいよ」と言ってたっけ(笑)
 ここで、ぐっこさん曰くクイズラリーの参加賞に三国志祭Tシャツがあったとのこと。もしかして三国志祭Tシャツ2着目もゲットしてしまう?ってことで笑いをとっていた。
 そして地下にある新長田グルメストリートのB地点に到着。問題は張角が自ら何と言ったか。三択。『後漢書』皇甫嵩伝に

角稱「天公將軍」、角弟寶稱「地公將軍」、寶弟梁稱「人公將軍」、所在燔燒官府、劫略聚邑、州郡失據、長吏多逃亡。

とあるように天公将軍が正解だね。というかクイズラリーの用紙にヒントというか答えそのものが載っているので誰でも簡単に答えられるようになっている。解答覧に答えを書き込み判子を押し先を急ぐ。

 大正筋商店街を南の端まで行くと東へ曲がり六間道商店街を東へ進む。
三国志クイズラリーC地点 C地点は「六間道なごみサロン KOBE鉄人PROJECT・パネル展」(写真)。『三国演義』で諸葛亮が赤壁の戦いで呼んだ風の方向は何か、というような問題。『三国演義』「第四十九回:七星壇諸葛祭風、三江口周瑜縱火」にあるように「東南の風」が正解。やはり用紙に答えが書いてある。

 D地点は本町筋商店街にあるとのことなので、六間道商店街を東に向かい、途中、北へ曲がり本町筋商店街に入る。
 六間道商店街と本町筋商店街ではあれこれ出店があって、それを見て楽しみながら進む。
 D地点の問題は『三国演義』で諸葛亮死後、司馬懿を退かせた像は何製?という難問。これは本当に解らなかったんで用紙に頼る。今、見ると『三国演義』「第百四回:隕大星漢丞相歸天、見木像魏都督喪膽」に

前日車上之孔明、乃木人也。

とあり、木像が正解。

 次のA地点(北西)がD地点(南東)から最も遠いところ。しかも最短ルートがアーケードのない国道2号を通る。つまり炎天下の中、歩くことに(汗)
 暑さに挫けそうになりながらも新長田一番街商店街の南端にあるアスタプラザイーストB1に向かう。
 「カラオケ 歌居屋」の前にスタンプラリーの看板とスタンプが設置されていたんだけど、実はこのカラオケ店はぐっこさんがオフ会の会場にと予約したカラオケ店とのこと(笑)
 A地点の問題は『三国演義』の作者を問う問題。選択肢が「1. 陳寿」「2. 羅貫中」「3. 陳宮」だった。3を選択したい気持ちをぐっとおさえ2と書き込み、第2回三国志祭(三国志コレクション)の会場の戻る。

 第2回三国志祭(三国志コレクション)の会場に戻り入り口右の係員に用紙を渡すと、クジを引くことに。清岡は「蜀」を当ててポストカード12枚セットをゲットする。このポストカードは巨大灯ろうに描かれた絵と同じとのこと。1基につき4面に絵が書かれ、それが3基だからなるほど、数が合う。
(※クイズの用紙をほとんど確認されなかったのは少し悲しかった)
 映画『レッドクリフ』のブースで予告映像をしばし見て、一同、カラオケ会場に向かうことになる。
 そういや『大三国志展』(神戸開催分)のチラシを見せて貰うと、東京八王子で開催されたときのチラシと同じく『大三国志展』の割引券(1000円→800円)とレッドクリフの割引券が付いていた。

 時計を見ると15時前だった。


※次記事 「ぐっこ どっと ねっと」オフ会(カラオケ)

※次記事2 第2回三国志祭(三国志パレード)

立川中華街で関帝誕フェスティバル特別メニュー(2008年7月16日-8月10日)


  • 2008年7月26日(土) 12:40 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,821
場所 今年6月1日に撮影した立川中華街の関帝像・グランデュオ立川
http://www.granduo.jp/tachikawa/
・立川中華街
http://www.granduo.jp/tachikawa/chai/

・中華街ならではのイベント。関帝誕フェスティバル
http://www.granduo.jp/tachikawa/news/080716_kanu.html
・「関羽」の誕生を祝う関帝誕フェスティバル特別メニュー
http://www.granduo.jp/tachikawa/news/080716_menu.html

上記のように今日の関羽の誕生日(旧暦6月24日)を祝って立川中華街(屋内、グランデュオ立川7階)では2008年7月16日から8月10日まで各店で関帝誕フェスティバル特別メニューがあるとのこと。
すでに下記のようにサイト「英傑群像」で情報が出ているね。

・英傑群像(三国志エンターテイメント 情報&グッズ)
http://www.chugen.net/
・立川関帝廟で関帝誕イベント  (※ブログ記事)
http://sangokushi.chugen.net/654/index.html

※関連記事
 2008年の関帝誕は7月26日土曜日
 関帝誕(飯田市川本喜八郎人形美術館)
 人形劇「三国志」総集編 公演地域日程まとめ
 立川中華街

京都祇園祭山鉾巡行に孟宗山(7月17日)


  • 2008年7月17日(木) 19:54 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,530
場所  2008年の京都の祇園祭は宵山や山鉾巡行が平日開催ながら、今年、運良く7月14日の宵々々山や7月17日の山鉾巡行を見に行くことができる。今年は天気に恵まれて良かった。
 ちなみに過去の京都の祇園祭については下記の記事参照。

※関連記事
 7月16日 祇園祭宵山に鯉山
 7月16日 祇園祭宵山に菊水鉾
 7月16日 祇園祭宵山に孟宗山

※追記 アニメ『名探偵コナン』にコウメイ登場(2009年12月5日以降)

 今年も「祇園祭 宵山・巡行ガイド2008」のチラシを貰い、真っ先に以前、見かけた誤字を確認すると、やはり「鍾子期」(正)が「鐘子期」(誤)になっていたり「秦」(正)が「泰」(誤)になっていたりしていた。あと「明年間製作」ってどういう意味?(汗)

 今回は過去三年の宵山関連の記事を承けて山鉾巡行の記事を書いてみよう。
 メインとして巡行中の孟宗山にターゲットを絞る。くじ無しで長刀鉾が巡行の一番固定のため、今年はくじ引きで一番をとった孟宗山は巡行の二番手となる。そのため、早い目に家を出て、なおかつ山鉾巡行コースの終わりの方にある有料観覧席のエリアの後の座れるところで見学の場所を陣取る。


 ちなみに孟宗山については「祇園祭 宵山・巡行ガイド2008」から引用した下記の記述を参照。

--引用開始---------------------------------------------------------
2 孟宗山
    烏丸通四条上ル笋町

中国の史話「二十四孝」
の一人である孟宗が、病
気の母の好物である筍
を、雪の中探し回り、つ
いに掘り当てて母を喜
ばせた説話を題材とし
た山。見送の白綴地に
黒一色で描かれた竹内
栖鳳筆「孟宗竹林図」
は、極彩色豊かな山鉾
の中では異色。
--引用終了---------------------------------------------------------

 「二十四孝」というのは私は聞いたことないんだけど、孟宗は「孟仁」として『三国志』に記載のある人物。
 例えば、『三国志』呉書三嗣主伝に

右大司馬丁奉・司空孟仁卒。

と、孟仁の姓名が出ており、さらにその注に引く『呉録』には

仁字恭武、江夏人也、本名宗、避皓字、易焉。

と孫皓の字(あざな)を避け(字は元宗)、名を仁に改めたことが載っており、さらに同じ注に引く『楚國先賢傳』には、

宗母嗜筍、冬節將至。時筍尚未生、宗入竹林哀嘆、而筍為之出、得以供母、皆以為至孝之所致感。累遷光祿勳、遂至公矣。

とあり、雪とは書いてないまでも「祇園祭 宵山・巡行ガイド2008」と似たようなエピソードが書かれてある。

※孟宗竹についての参照記事
 第7回三顧会午後1


 話戻し、この記事の右上に掲げるように孟宗山の写真を無事撮ることができた。

孟宗山孟宗像鯉山

 あと今年は巡行の三十番目になった鯉山を撮ってみる。鯉山については昨年の記事参照のこと。

関帝誕(飯田市川本喜八郎人形美術館)


  • 2008年7月13日(日) 17:54 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,140
場所 ・飯田市川本喜八郎人形美術館
http://www.city.iida.nagano.jp/puppet/kawamoto/
・いいだ人形劇フェスタ情報 3 「関帝誕」
http://www.city.iida.nagano.jp/cgi-bin/puppet/kawamoto/info/c-board.cgi?cmd=one;no=59


上記、「飯田市川本喜八郎人形美術館」の公式サイトによると、関帝誕を記念して「いいだ人形劇フェスタ」の一環として飯田市川本喜八郎人形美術館のエントランスにて台湾民族鼓舞団「台北慶和館」による獅子舞演舞、太鼓演奏が2008年8月7日に行われるとのこと。
引用した方が正確で早いので上記、公式サイトより下記に一部引用。
--引用開始---------------------------------------------------------
 ■日時:8月7日(木)午後0時30分~ 
 ■会場:美術館エントランス
 ■出演劇団名:台湾民族鼓舞団「台北慶和館」(台湾)
 ■演目:獅子舞演舞、太鼓演奏
 ■観覧料:無料
--引用終了---------------------------------------------------------

昨年の関帝誕(2007年8月6日)でも同じく台湾民族鼓舞団「台北慶和館」が飯田信用金庫本店前ほんまちプラザで行っている。

※関連記事
 2008年の関帝誕は7月26日土曜日
 日中合作「三國志」飯田公演(2008年9月23日祝日)

※追記 立川中華街で関帝誕フェスティバル特別メニュー(2008年7月16日-8月10日)

※追記 春休み三国志クイズ企画(飯田市川本喜八郎人形美術館)