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掲示板 件名 最新投稿

三国時代あたりの名刺(謁、刺)


  • 2007年4月25日(水) 18:29 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    4,262
歴史  趣味で三国志小説を書いていて、ある人物が留守中に訪ねて来ていて、その人物が置いていった名刺を見るってシーンを書いていたんだけど、後漢や三国時代にこういった名刺があるって初めて知ったのは何だろう、と思い出してみる。
 そういや、下記のサイト「睡人亭」の「三国志のページ」の「朱然墓」のページで知ったんだ。

・睡人亭
http://www.shuiren.org/

・朱然墓
http://www.shuiren.org/sangoku/syuzen.htm

 今で言う名刺とは用途が少し違うんだろうけど、今の名刺に近い物は、当時、「謁」や「刺」と呼ばれていたとのこと。上記ページに上げられる画像の「謁」には実際、木の板に「謁」と書かれている。これで「謁」と「刺」との形式が区別できるってこと。「謁」の方は

持節右軍師左大司馬当陽侯朱然再拜

と形式ばって書かれていて、「刺」は

故[章β]朱然再拜 問起居 字義封

と「謁」より簡単に書かれている。
 上記ページによると朱然墓は1984年6月7日に発見されたそうだけど、それより前に出版された林 巳奈夫/編『漢代の文物』(京都大學人文科學研究所1976年12月15日発行、新版は1996年)にも「謁」と「刺」のことが載っている(539ページ)。そこの冒頭には漢劉熙撰『釋名』卷六釋書契から「謁」と「畫刺」について書かれたところを引用してある。以下、そのまま孫引き。

謁、詣也、詣、告也、書其姓名於上、以告所詣者也

※冨谷 至先生の『木簡・竹簡の語る中国古代』(岩波書店2003年7月29日発行)の88ページを見て気付いたけど「以告所至詣者也」が正解だね

畫姓名於奏上、曰畫刺、作再拜起居字、皆達其體、使書盡邊、徐引筆書之、如畫也

 畫刺は「再拜起居」の文字が書かれているってことなので、このあたりが前述の朱然墓の「刺」の特徴をよく対応する。
 『漢代の文物』では続けて、1974年に江西省南昌市で発掘された東晋の墓にあった木簡の釈文を例に挙げ、挿図(木簡のスケッチ)付きで説明してある。その釈文は下記。

弟子呉應再拜 問起居 南昌字子遠

豫章呉應再拜 問起居

中郎豫章南昌都郷吉陽里呉應年七十三字子遠

 上から二つがおそらく「刺」で三つ目が「謁」だろうな、と思っていたら、『漢代の文物』では続けて、三つ目の説明がある。同じく『釋名』卷六釋書契から引用し、

 下官刺曰長刺、長書中央、一行而下也、又曰爵里刺、書其官爵及郡縣郷里也

「長刺」あるいは「爵里刺」としている。

 「作再拜起居字」の「刺」の方の例は「文物圖象研究資料庫 全文檢索」(下記)で「再拜」とか「起居」とか検索すれば、釈文を何例か見ることができる。それを見ると、身分を書いていたり、出身郡、出身県を入れていたり、いろんな形式があるんだな。


・中央研究院歴史語言研究所 文物圖象研究室
http://saturn.ihp.sinica.edu.tw/~wenwu/index.html

・文物圖象研究資料庫 全文檢索
http://saturn.ihp.sinica.edu.tw/~wenwu/search.htm

※関連記事
・文物圖象研究資料庫 全文檢索
http://cte.main.jp/newsch/article.php/413

※追記 『漢代の地方官吏と地域社会』(汲古叢書75 2008年)

<9月23日追記>
2008年5月3日から東京富士美術館で開催される「大三国志展」には朱然の刺が展示される予定とのこと。

・大三国志展(2008年5月3日-7月13日)関連情報
http://cte.main.jp/newsch/article.php/699

・三国志―正史と小説の狭間~満田剛のブログ
http://mitsuda.blogtribe.org/
・呉の隠れた名将―朱然とその一族(その1)
http://mitsuda.blogtribe.org/entry-9b78ac33b9d3668728b31e3a29504164.html

<2008年5月28日追記>
關尾史郎先生のブログに名刺関連の記事があったので情報中継。
ついで、そこから釈文を引用。


・關尾史郎先生のブログ
http://sekio516.exblog.jp/
・南京出土の名刺簡?
http://sekio516.exblog.jp/8022462/
※6/30日追記
  ・魏晋時代の名刺簡
  http://sekio516.exblog.jp/8221142/

--引用開始---------------------------------------------------------
折鋒校尉沛國竹邑東郷安平里公乗薛秋年六十六字子春
--引用終了---------------------------------------------------------

ここの記事の流れから言うと釈文だけ見ると「謁」ってやつ?

Wiiの「インターネットチャンネル」正式サービス開始


ネット 今のところ、三国志とあまり関係ないけど、ネット関連ということで。
任天堂の家庭用ゲーム機の「Wii」(ウィー)でインターネットのウェブサイトを閲覧できる「インターネットチャンネル」の正式サービスが2007年4月12日より開始とのこと。

・Wii
http://www.nintendo.co.jp/wii/
・インターネットチャンネル
http://www.nintendo.co.jp/wii/features/internet/

上記ページによると「OperaSoftwareのフルブラウザを使用し、Adobe FlashやJavaScriptに対応。」とのことなので、このサイトを初め(私はOpera9.20をつかっている)、多くの三国志関連サイトは問題なく閲覧できそうだね。


それにしても過去、インターネットにアクセスできる家庭用ゲーム機があったけど、ウェブサイトのブラウジングが機能的にうまくいかなかったり、そのゲーム機自体が普及してなかったりしたけど(と私の狭い見識だけど)、今回の件は「ご家庭で気軽にウェブサイトを見る」という点で期待できるかも。パソコンは家電のような手軽さがないんで、結構、障壁になっていたんで(携帯電話がかなり代用になっているかな)。まぁ、掲示板などのコミュニティやSNSに参加ってのはつらいかもしれないけど(ここらへん追随情報を待っておこう)

サイト「三国迷ぐっこのHP」消滅?!


  • 2007年4月17日(火) 12:58 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,056
ネット <2007年5月6日追記>
REFERERより。復活おめでとうございます♪

・ぐっこ どっと ねっと-~三国迷ぐっこのHP~
http://gukko.net/
↑「南蛮王呂布の痛快活劇」もこちらに収録されました。

※関連記事 サイト「ぐっこ どっと ねっと-~三国迷ぐっこのHP~」

<追記終了>

成り行きでコーエーのシミュレーションゲーム「三國志VIII」(PS2版)を借りられることになって、ちょっとやってみたんだけど、そういや、サイト「三国迷ぐっこのHP」のコンテンツに「南蛮王呂布の痛快活劇」というリプレイ(ゲームをしてそれをレポートで見せる)があったと思いだした。リプレイ自体は初め「三國志VII」でやっているんだけど、途中から「三國志VIII」になるらしい。「三國志VII」以前は君主を選んで、いわゆる国盗りゲームなんだけど、それ以降からは『三国志』関連や『三国演義』関連の著名な人物をあるやつは誰でも選べて、それを操れる仕組みになっているとのこと。ゲームの雰囲気をつかめたんで、今まで敬遠していたんだけど安心して楽しめるな、と思ってそのサイトにアクセスしてみた。

・三国迷ぐっこのHP
http://gukko123.hp.infoseek.co.jp/

ところが「サイトが見つかりません」とでる。

http://hpad.www.infoseek.co.jp/FhpE?sv=FE&pg=FhpE_403.html

あれ? 引っ越ししたかな、と思い、管理人のぐっこさんの他のサイトにアクセスしてみると、繋がる。

・学園三国志制作委員会本部
http://gaksan1.hp.infoseek.co.jp/

・クロニカ学習帳~幻想楽団「Sound Horizon」考察サイト
http://gukko.net/

特にサイト移転の告知がなかったので某SNSの日記を見てみると、3月11日付けにその情報が載っていた。
<5月7日追記>
新サイトの下記のURLで一部確認可能
http://gukko.net/modules/wordpress/index.php?p=482
<追記終了>
曰く、警告なしで消されたそうな。コメント覧によると復旧予定はあるとのこと。
しかし「AKN's三國志図書館」のケースといい結構、ひどいレンタルサーバーがあるんだな。

サイト「三国迷ぐっこのHP」は他にも今、過去ログを読んでも有用情報が多い三国志掲示板があったりと面白いコンテンツが多いので、密かに復旧を期待しておこう(プレッシャーになったらすみません)

・「★『宮城谷三国志』総合スレッド★」in「三国迷ぐっこのHP」
http://cte.main.jp/newsch/article.php/22


とりあえず「南蛮王呂布の痛快活劇」はInternet Archiveを使ってゆっくり読むことにしよう。

・Internet Archive
http://www.archive.org/

4,5,6,7位と三国志関連-日本人大学生の「好きな中国人」(読売新聞)


  • 2007年4月15日(日) 22:34 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,085
新聞 今日の読売新聞の2面。読売新聞と中国の国営新華社通信が発行する有力時事週刊誌「瞭望東方週刊」が日中の大学生を対象に行った調査の結果の記事で三国志ネタ。
中国の大学生の「好きな日本人」のベスト10には結構、現代の人が含まれていて、19世紀以前は豊臣秀吉、武田信玄ぐらい。
それに対し、日本人大学生の「好きな中国人」は
1位がチャン・ツィイー(女優)、2位がジャッキー・チェンと来て、後は、歴史上の人物ばかり。
3位、孔子、4位、諸葛孔明(←原文そのまま)、5位、劉備、6位、曹操、7位、関羽、8位、毛沢東、9位、楊貴妃、9位、孫文。

この結果は三国志ファンとして単純に喜んでいいのか?!
何かイメージだけが先行しているような…

<追記>
読売新聞のサイトで「好きな日本人」とサイト内検索をかけると4月14日付けで上記関連記事が見られる。

・読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/

>三国志の登場人物が上位に挙がったのは、三国志関係のゲームの影響とみられる。

上記の文はそのページからの引用。ゲームの影響って何か20年前にタイムスリップしたような紋切り型の短絡思考をかいま見たような…

しかも実在の人物に「登場人物」呼ばわりとは違和感があるな。

メモ:五行相生説


  • 2007年4月14日(土) 13:43 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    2,233
歴史  中国古代の政権を五つの属性に当てはめ、どう交替していくかを表現する五行説のことは以前から知っていて、五行説にも五行相剋説と五行相生説があり(ここらへんは普通の漢和辞典に載っていた)、後漢~三国の頃は後者、五行相生説を取っていて、前漢あたりは五行相剋説ということも何となくは知っていたんだけど、特に何かを読み進めていくうちに困ることは無かったんで、まとめずに居た。
 そんなときに「三国志ファンのためのサポート掲示板」でツリーが立つ。

・三国志ファンのためのサポート掲示板
http://cte.main.jp/
・五徳説-それぞれの王朝は何徳?
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=1635

 掲示板なもんだから、初めはみんなでいろんな情報や意見を出し合って居るんだけど、特に下記の書き込みがまとまっていて読んでいても面白い。あと出典が詳しければ完璧。

・皆様、ありがとうございます♪感謝感謝!
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=one&no=1666

 つまり
五行相剋説:土→木→金→火→水 ※火に水は勝つ、といった流れ
五行相生説:木→火→土→金→水 ※木から火が生まれ、といった流れ

・色と方位の対応
木:青、東
火:赤、南
土:黄、央
金:白、西
水:黒、北
※詳しくは知らないが、ちょうど四神(四霊、四獣)が対応している。
 青龍:東、朱雀:南、白虎:西、玄武:北 玄は黒。

 この後、東大の東洋文化研究所のデータベースをウェブ上で見かけ、その中で後漢の蔡[巛/邑](サイヨウ)の著作を集めた『漢蔡中郎集六卷』収録の『獨斷』(独断)が見ることができ、そこでこの時代は五行相生説として認識されていたんだな、と確認がとれる。

・東京大學東洋文化研究所漢籍善本全文影像資料庫
http://cte.main.jp/newsch/article.php/253

以下に該当部分を引用。合成文字ばかりでわかりにくい引用になってしまうけど。

易曰帝出乎震震者木也言[ウ/必]犧氏始以木徳王天下
也木生火故[ウ/必]犧氏没神農氏以火徳繼之火生土故
神農氏没黄帝以土徳繼之土生金故黄帝没少昊氏
以金徳繼之金生水故少昊氏没[山/而 頁][王頁]氏以水徳繼之
水生木故[山/而 頁][王頁]氏没帝[學-子/告]氏以木徳繼之木生火故帝
[學-子/告]氏没帝尭氏以火徳繼之火生土故帝舜氏以土徳
繼之土生金故夏禹氏以金徳繼之金生水故殷湯氏
以木徳繼之水生木故周武以木徳繼之木生火故高
祖以火徳繼之

 途中は白文ながらすごくわかりやすい漢文なんだけど、いきなり出だしがわかりにくい。
 易に「帝出乎震」という言葉がある、というのはわかるんだけど。
 ネットで検索し何気なく見ていたらすぐわかる。
 つまり震は辰に通じていて東を意味するんだね。易にいう、帝は東から出る。東というのは木だ、てな感じだね。それで当時でも畫像石等で半身蛇に描かれる伝説上の伏羲([ウ/必]犧)を引っぱり出してきたり、夏以前が変に多かったりするんだ。とりあえず以下にまとめる。といっても「三国志ファンのためのサポート掲示板」に書かれていたまとめと同じだけど

[ウ/必]犧氏:木徳
神農氏:火徳
黄帝:土徳
少昊氏:金徳
[山/而 頁][王頁]氏:水徳
帝[學-子/告]氏:木徳
帝尭氏:火徳
帝舜氏:土徳
夏禹氏:金徳
殷湯氏:水徳
周武:木徳
(漢)高祖:火徳

 あと2006年3月11日に開催された「第二回 TOKYO 漢籍 SEMINAR」で講演「魏・蜀・呉の正統論」があったんだけど、ここで後漢から三国にかけての五行相生説がどう使われていたかがまとまっていて興味深いものだった。

・2006年3月11日「第二回 TOKYO 漢籍 SEMINAR」午前レポ
http://cte.main.jp/newsch/article.php/305


<おまけ>

・国の色(「三国志ファンのためのサポート掲示板」内ツリー)
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=2702

いや、それはゲーム会社によるけど。