・第四回三顧会ダイジェスト1からの流れ
http://cte.main.jp/newsch/article.php/331
11時頃。次のプログラム「中国酒盃を作ろう(三国志を陶器にしよう第二弾)」開始。ただ
三国志を陶器にしよう第一弾のときに比べ人数が圧倒的に多いため、8人ぐらいに分けて順繰りで始めていくとのこと。場所は第一弾のときと同様(第二回三顧会)、バルコニーと中庭の両方。清岡は初めのグループよりすこし出遅れて参加したって状態。そのため自らを「1.5期生」なんて言っていた。
1期生にはちゃんとレクチャーがあったようだけど1.5期生の私は言われたとおりとりあえず送り先の住所氏名電話番号を書いて、こねた粘土を岡村先生から授かり1期生のまねごとを始める。この方法が大失敗で全然、お椀型の形が保てず、机におくと、すぐ杯の縁が重力にまけて広がって行くし、ひび割れだらけのものになったりしていた。後でレクチャーしてもらったんだけど、やり方は粘土の固まりの真ん中から指で押さえていき、底が丸くなるよう真ん中から広げていくとのこと。厚さは5~7mmとのこと。粘土が乾いてひび割れたら手に水をつけてそれを埋める。ひび割れがひどけりゃ、やり直し(焼いたら割れるし)。つくっていくうちに縁の方がひび割れていくんだけど、そういうときは思い切って、糸ようじみたいなので切断するとのこと。私はなかなかコツがつかめず、ずっと粘土をこねくり回していた。
少し話を戻して、今回の酒盃のデザインについて。私は始まるまで「どうせゲームやマンガにでてくるような虚構の杯をお手本にするんだろうな」と決めつけていたので、あらかじめ
「漢代の文物」を読んだり展覧会
「中国古代の暮らしと夢」で見たり
「ふしぎ道士伝 八卦の空」1巻を見たりして自分の手でできるかどうかはともかく頭の中でイメージを固めていた。当時の杯は楕円形のお椀で、長い方の曲面の縁の両サイドに耳がついているのが特徴だ。そのため今は「耳杯」なんて言われている。そう思いながらいざ粘土をこねくりまわす机の前に立つと、真ん中にお手本としてプリントアウトした写真が置いてあった。そこには虚構の杯ではなく紛れもない「耳杯」があった。この写真は今、第三展示場に置いてある展示物をとったものということを耳にする。それであわてて見に行くとあった。確かに耳杯だ。イメージ通りの色彩の漆器がそこにあった。それが右上の写真だ。こりゃ本格的だ、と俄然テンションがあがる。もちろん漆器をお手本に陶器をつくるなんてなんだかシュール、という自嘲を心の中では忘れない(笑)
しかしやる気と成果は世の中、比例関係にならないもので、なかなか良い形にならない。楕円のお椀型にするのは良いが、耳をつくる段でひび割れだらけになっちまう。
別に耳杯にする必要はなく好きな形にしてもいいとのことなんで、私が何度も何度も手元の粘土をこねくり回している間に1期生はとっくの昔に卒業し2期生は色を塗り始め、3期生は高座をつけていて(とそんな明確な期生はなかったが)、バルコニーでは昼食を取り始める人が次から次へと現れ始め(そうかもう12時過ぎたんだ!)、まるで嫌いな食べ物を給食時間内で食べられず掃除の時間まで嫌いな食べ物と睨めっこしてるって気分を思い出していた。
とすこし時間を戻して、そんな懸命なところへ中国新聞の記者がやってきて(ちなみに複数人じゃなくてカメラマンも兼ね一人)、作っている我々に「もうちょっと立ち位置を寄せてください」とか次々と指示を出し始め、写真をばしゃばしゃ取り始める。いや悪い気分ってわけじゃなくやる気を持ち直してくる。
記者「真剣ですねぇ」
傅僉さん「真剣です……仕事より真剣です」
(笑)
それから記者さんとぶっちゃけトーク(というかメモとっていたから取材の一環だな)。取材はするけど、紙面に載るか載らないか、載るとしたらいつ載るか、とか取材する記者にはわからないとのこと(「いつ載るんだ?」と問い合わせの電話がきたこともあるそうな)。取材した人の本名が載るんで迂闊なことは書けないそうな。
記者「三国志読んでいて杯が出てくるシーンって多いんですか?」
(一同、笑いながら首をかしげる。)
記者「この杯できたらこういうことやってみたいってありますか?」
傅僉さん「そうですねぇ……酒が冷める前に誰かの首を斬ってきます」
(一同、爆笑)
誰か「かけねーなー。それ記事にかけねーなー」
清岡「あ、今の、犯行予告です(笑)」
わからない人に説明すると「三国演義」の「第五回:發矯詔諸鎮應曹公、破關兵三英戰呂布」のエピソードで酒が暖かいうちに関羽が華雄を斬ったというエピソード(野暮でも説明するがこれはフィクションね)が元ネタね。さすが、三顧会、近くにいる人はネタをわかってらっしゃる!
記者「なんかこういうことイメージしながら今、つくっているとか、ありますか?」
傅僉さん「いやぁ、それ考えていたんですけど、やってみるとそれだけの余裕がないですね。ただもうどうやって形にするとか」
誰か「そりゃそうだ」
記者「実際、形にならなくても作る前にこういうイメージでって何かイメージありました? 何かシーンとかありました? こういう場面の杯をつくろう、とか」
誰か「やっぱり首斬るところ(笑)」
傅僉さん「ありますね……劉備って人と曹操って人が英雄を論じ合うところがあるんですよ」
清岡「あぁ…」
記者「何を論じ合うんですか?」
傅僉さん「その当時に、割拠していた、群雄について、論じ合うんですよ」
清岡「漢字変換が難しい(笑)」
記者「全部、ひらがなで書いたんですよ(清岡、大うけ)。群雄割拠? について語り合うシーンがある?」
傅僉さん「そうです」
記者「でも、わかんないんですよ。あそこ(第三展示室)に展示してあるのは諸葛孔明が使ったとされる酒杯じゃないですか?」
傅僉さん「えぇ」
記者「わかんないんですけど、劉備と曹操は……諸葛孔明と……??」
傅僉さん「諸葛孔明が仕えていた人は劉備です」
記者「諸葛孔明が……つかえていた?(メモる」
傅僉さん「(傅僉さん丁寧に言葉をあわせる)劉備です」
記者「この曹操って人は……どこの国の人ですか?」
傅僉さん「魏の人です」
記者「劉備って人はどこの国ですか?」
傅僉さん「蜀の人です」
(後ろで清岡は「全部、中国で」とか「全部、後漢で」とか、いらぬ茶々を小声で入れている)
記者「すごくわかりやすいです」
記者「その武将のシーンを……酒を酌み交わしながらやるというシーンはなぜ有名なんですか?」
傅僉さん「『なんで』?」
記者「えぇ、なんか、その後に大きな事件があったとか?」
傅僉さん「うーん、結局、その劉備と曹操が…論議をふっかけたのは曹操なんですが、結局、その当時、活躍していた武将を挙げてみるんですけど、大した武将はいないって結論になるんですよ。結局、曹操っていう人が結局、『英雄と呼べる人のは自分と君だけだよ』みたいな」
記者「すごいやつらですね。その話ってのは結局、『おれら二人が英雄だ』ということですね」
後で元ネタを確認すると、三国志蜀書先主伝の
是時曹公從容謂先主曰:「今天下英雄、唯使君與操耳。本初之徒、不足數也。」
ってやつね。多分、横山光輝三国志の影響で「君と予だ」って曹操が言うってのが三顧会での共通認識だったけど、細かくいうと、ルーツでは使君(牧相手の敬称。劉備は当時、豫州牧)と操(当時、一人称は自らの名をいう場合もある)だね。おまけに酒の記述はとくにない。…蛇足はともかく話戻す。
記者「そこらへんのシーンを(頭で)描きながら、一回、酒を飲みたいと?」
それから記者は傅僉さんの個人情報をくわしく聞いていた。年齢を聞いた後に記者は「若くみえますね」とコメント。あとファン歴とか(20年とのこと)、好きな人物とか。傅僉さんが好きな人物、劉備のことをあれこれきいていた。
記者「なんかこういう……例えば夜、酒をのみたいとか、月みながらこの杯で酒のみたいとか? どうですか?」
傅僉さん「そうですね。月下独酌という言葉が中国にはありますけど…」
記者「三国志の中でも月の下で酒を飲むというシーンというのはあるのですか?」
傅僉さん「あぁ、具体的にはないですね。ないと思います」
記者「うーん、うーん…」
記者「なんかこう僕としてはできれば三国志ファンの方ならではの、杯を作ってこういうふうにして飲みたいってのが、20年来のファンとしての思いを伝えられればと…」
傅僉さん「なるほど……難しいですね……」
この後、傅僉さんが三国時代から時代を下った中国の風習を紹介するが、あまり食いつかなかった。
で、こういうやりとりでできあがった記事中のコメントは
「群雄割拠していた当時を想像しながら、月下で酒を飲んでみたい」
となっていた。いやはや取材する様子を間近に見て、その結果としての記事をみるととても面白いね。結局、傅僉さんオリジナルな部分は「群雄割拠」だけのような。しかし、取材が終わった後、全部、コスプレに持って行かれて傅僉さんの話は採用されない、なんて言ってたんだけど、ばっちり載っていた。
・中国新聞に三顧会の記事
http://cte.main.jp/newsch/article.php/332
さて清岡の杯はというと何度もやりなおしたり、新たに粘土を貰ったり、岡村先生に何度かレクチャーしてもらって、それでも耳杯の壁は大きく厚くうまくできずほとんどあきらめていたんだけど、岡村先生の助けもあって何とか形になりつつあった。
岡村先生によると、耳をつける手順のコツみたいなのがあるようだ。まず普通に楕円のお椀状に形をととのえ、耳部分以外の縁を切り落とし、その後、耳の部分の縁を徐々に曲げていって耳をつくっていけば良いとのこと。
すでに13時を越えていて次のプログラムの時間になっていたので、とりあえず作りかけをおいてその場を後にする。
・三国志ビンゴ大会
http://cte.main.jp/newsch/article.php/334
その後、16時ぐらいに戻ってきたら、岡村先生が形をかなりととのえてくださっていて、高座をつけ、絵付けをして(杯の内側を赤く塗った)完成。それが右上の写真の左下隅のやつだ。
後はみんなの杯と一緒に焼いて貰って、完成とのこと。出来上がりが楽しみ。