『三国志』魏書東夷伝倭条(魏志倭人伝)には、弥生時代の北部九州におけるクニグニの状況が記されています。これらのクニグニは朝鮮半島西北部の楽浪郡や帯方郡を通じて中国王朝と交流をおこない、漢鏡などの漢式文物を入手するとともに、朝鮮半島南部地域の三韓との交易によって、鉄などを入手していました。これらの対外交流を通じて、北部九州のクニグニは成長していきました。
この講座では、魏志倭人伝に記された北部九州のクニグニの成立と対外交流について、考古学的な調査成果をもとに論じます。(講師・記)
第1回 対馬国と一支国の対外交流
玄界灘に浮かぶ対馬と壱岐における遺跡の発掘調査成果を通じて、海洋民の交流・交易、すなわち魏志倭人伝に記された「南北市糴」の実態に迫ります。
第2回 末盧国と伊都国の対外交流
末盧国があったとされる唐津市から松浦半島一帯、および伊都国があったとされる糸島半島一帯における遺跡の発掘調査を通じて、クニの実態と対外交流について論じます。とくに魏志倭人伝で「一大率」が置かれていたとされる伊都国の王墓についてとりあげます。
第3回 奴国と早良国の対外交流
奴国と推定される福岡平野における遺跡の発掘調査成果を通じて、志賀島出土の金印にいたる対外交流について論じます。また、早良平野一帯の遺跡・遺物から魏志倭人伝には記されなかった幻の「早良国」の実態に迫ります。