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2006年7月29日大学院特別講演会「曹操殺呂伯奢」雑感


  • 2006年8月20日(日) 19:31 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,968
教育機関 虎牢関の場所なんてわからないんで、旋門関で代用・2006年7月29日「三国志シンポジウム」雑感4の続き
http://cte.main.jp/newsch/article.php/386

 ということで15時30分に同じ教室で一般視聴可能な大学院生向けの講義があるとのことをきいて、それを聞くかどうか迷う我々。中国の先生による講義らしい。
 一つの懸念事項は通訳がつくかどうか。

 とりあえず残って聴く派と他の場所でくつろぐ派に分かれる。それで待ち時間まで如月さんと三国志学会や三顧会の話やらしていた。あとKJさんとげんりゅうさんとNPO三国志フォーラムの話とか。

○大学院特別講演会 曹操殺呂伯奢 ──從陳寿≪三国志≫到羅貫中≪三国志演義≫
                     中国社会科学院教授  劉 世徳

 いよいよ講演会が始まる。予め三枚のレジュメが配られている。レジュメは簡体字だけどここでは便宜上、表示できる字に変えてある。劉先生、今年で75歳になるとのこと。今回は大東文化大学の非常勤講師の人が通訳につくとのこと。名前は失念したが中国の方っぽい。
 講演に入る前に三国演義の四つの初めて(第一)。一つ目は中国古典小説でもっとも読者の多い。直接的な読者と間接的な読者がいるとのこと。日本でも三国演義が古典小説で第一。
 二つ目は中国での初めての長編小説。三つ目は初めての○○小説(ききとれず)。四つ目は初めての歴史長編小説。

 三国演義、中国の西遊記や水滸伝は蓄積的な小説。三国演義やその他の小説は大衆による小説。劉先生はこの二つの考え方に同意しない。劉先生は三国演義を作家の創作によりつくられた作品とみなす。建設的な作家によるある理想にそった偉大な作品(※あまり聞き取れず)。例えば、我々の前にはたくさんの布きれがある。一つの服にするには裁縫する人の考えが反映される。裁縫する人がいなければ所詮、布きれで服にはならない。つまり三国演義が蓄積的な小説であり大衆によって作られた小説であれば、作家の能力は認められない。

 曹操の名言「寧教我負天下人、休教天下人負我。」(三国演義第四回or第八節)。これは曹操の本質を表している。この言葉はいつ話されたか? それは曹操が呂伯奢を殺した後に出た。この物語は蓄積的な経緯がある。まず『三国志』武帝紀より。

卓表太祖為驍騎校尉、欲與計事。太祖乃變易姓名、間行東歸。出關、過中牟、為亭長所疑、執詣縣、邑中或竊識之、為請得解。卓遂殺太后及弘農王。太祖至陳留、散家財、合義兵、將以誅卓。

 ここでこの文章の説明。
 (レジュメには「出關(虎牢關)」ってなっているけど、この時代、虎牢關の記述はないよな)

 このとき、曹操は中牟から直接、陳留に行ったから成皋によってないので、実は呂伯奢に会うことはなかった。
(※講義後、げんりゅうさんは「成皋呂伯奢」の成皋が住んでいるところなのか出身地なのかが肝、とおっしゃっていた。なるほど)
 しかし注の中では呂伯奢という人が出てきた。まず三つの書籍を引用した。王沈の『魏書』、郭頒の『世語』、孫盛の『雑記』。具体的な記載の話にうつる。
 王沈の『魏書』から。

太祖以卓終必覆敗、遂不就拜、逃歸郷里。從數騎過故人成皋呂伯奢;伯奢不在、其子與賓客共劫太祖、取馬及物、太祖手刃撃殺數人。

 これを読んでいく。
 ここでは七つ注意すべき点がある。第一に曹操は何人かつれていた。同行者はどんな人か書いていない。第二に呂伯奢は単なる「故人」(旧友)。それほど親しくない。第三に曹操は呂伯奢本人に会っていない。第四に息子は何人かは書いていない。第五に息子たちがどう招いたかかいていない。第六に息子たちがまず曹操に悪意の行動をとった。第七に曹操は人を殺した。人殺しは仕方なく起こした。曹操が具体的に誰を殺したか、書いてない(息子が殺されたか不明)。

 次に郭頒の『世語』より。

太祖過伯奢。伯奢出行、五子皆在、備賓主禮。太祖自以背卓命、疑其圖己、手劍夜殺八人而去。

 やっぱりまずこれを読む。
 ここでは『魏書』と同じ点が二つある。第一に曹操は呂伯奢にあっていない。第二に人を殺したことは同じだが誰かはわからない。
 ここでは六つの注意する点がある。第一に曹操の同行者がいない。第二に曹操と呂伯奢の関係が不明。第三に呂伯奢の息子が五人居る。第四に息子たちは曹操を好意を持って招待した。第五に曹操は根拠なく疑い、悪意を持った。第六に曹操は全部で八人を殺した。しかし八人の中に息子が入っているかどうか不明。

 次に孫盛の『雑記』より

太祖聞其食器聲、以為圖己、遂夜殺之。既而悽愴曰:「寧我負人、毋人負我!」遂行。

 やっぱりこれを読む。これは前二つの書物を補う形となっている。
 呂伯奢の息子たちはどのように曹操に対して行動をとったか。はっきりした記述はない。どうして曹操は疑うにいたったか等、書かれている。最後の方は曹操の内心や本質が鋭く読者の前へ表した。

 三つの書物は異なる立場を持っている。この三つは共に三国演義の素材。
 比較すれば孫盛の『雑記』が最も良い。鋭く深みがある。郭頒の『世語』がその次で、王沈の『魏書』が一番下。
 『魏書』は曹操の悪いところを隠そうとして呂伯奢に悪意ある中傷をしている。羅貫中はその恣意を参考にしつつ創造的改造をした。創作の課程の中、検証しつつ省いたところもある。羅貫中の創作に三つある。
 第一に羅貫中は名のある人物を付け加えた。それは陳宮。陳宮は二つの役割を持つ。一つは曹操の救援者。もう一つは逃亡中の曹操の同行者。陳宮が質問し曹操が答えるシーンでそこで羅貫中は曹操の内心を見せている。
 第二に羅貫中は曹操と呂伯奢の関係を変えた。呂伯奢は曹操の旧友ではなく、曹操のお父さんの義兄弟にした。これで曹操と呂伯奢がかなり親しい間柄になる。呂伯奢が曹操に悪意を持つことをありえなくした。この設定で曹操の立場をより背徳的にした。呂伯奢がお酒を買いに行く必然性がでる。
 第三に羅貫中は二つの細かいシーンを付け加えた。一つは一家を殺した後に曹操は台所で殺される豚を見るシーン。ここで読者は本当のことを知る。実は一家は曹操を殺すのではなく豚を殺して曹操をもてなそうとしていた。もう一つは、曹操は帰ってくる呂伯奢と会い、呂伯奢を殺した。曹操は間違えて八人を殺し後悔することもなくさらに老人(呂伯奢、父の義兄弟)を殺した。これにより疑い深く、自己主義で、奸心が多くて、毒が多く、残虐な曹操の性格がよく描写された。

 まとめると曹操が呂伯奢を殺したシーンは羅貫中の最も優れた描写であって、羅貫中は曹操という人物の性格を描写するのに最も重要なシーンである。
 劉先生は蓄積的作品であればこれほどすばらしい作品にならないと思い、大衆による作品でも同様に思う。偉大な作品は必ず偉大な作家によるものだ。


 それから司会によるまとめがおわり、大学院生が会場の片づけに入る。
 とりあえず我々はオフ会へと向かった。

・2006年7月29日「三国志シンポジウム」便乗オフ会
http://cte.main.jp/newsch/article.php/389

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