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清岡的見解:ねこまんまさんについて http://tinyurl.com/nekonomanma3
よくわかるねこまんまさんの問題行動 pdf
gif

メモ:三国志フェス2011が始まるまで(2011年9月9日)


  • 2013年8月26日(月) 06:55 JST
  • 投稿者:
    清岡美津夫
  • 閲覧数
    1,400
ショー 三国志フェス2013

※関連記事 三国志フェス2013(横浜2013年9月28日)

 上記バナーのサイトや上記関連記事にあるように、2013年9月28日に横山で「三国志フェス2013」が開催される。昨年は下記関連記事にあるように、スピンオフの2012年10月13日開催「Mini三国志フェス in レキシズルスペース」をカウントしなければ2年ぶりの開催となる。

※関連記事 ノート:Mini三国志フェス in レキシズルスペース(2012年10月13日)

 その2年前の「三国志フェス2011」については下記関連記事のように「三国志ニュース」にてリンク集を作ったものの、レポートやメモの類は、いつもにも増してあまりにも個人よりになりすぎてしまったこともあり個人サイトに掲載したものの、すっかり「三国志ニュース」の記事にする機会を逸していた。

※関連記事 三国志フェス2011リンク集

・三国志フェス2011関連 (※個人サイトの雑記)
http://cte.main.jp/sunshi/2011/0909.html

 一応、上記の雑記の末尾に「次回の三国志フェスの開催が決まり、それに日が近付けば、PRの意味でもこれらを三国志ニュースに移植する可能性あり」と書いていて、そして今回の「三国志フェス2013」の開催が決まって、そして開催まで一ヶ月余り前となった。

 さらに三国とは無関係なんだけど、下記リンク先で触れたように、あるイベントのレポートを(あまりアクセスされない)自分のブログで書いた。8月26日3時ごろに、そのツイート主さんではなく、イベント主催者さんと話す機会があって、件のレポートを読んで下さったようで、思わずこちらが謙遜すると「面白かった、小説のようで」とか「自分の参加していない次の日のイベントを知れた」という旨をおっしゃって下さった。

・春のミラニスタ会をググられた (※カルチョ関連の雑記)
http://cte.main.jp/calcio/blog.cgi?n=647

 あまり普段、自分の書いたものについて面と向かって感想を頂くことがないこともあって、何より楽しんで頂いた、お役に立ったという喜びがあって、それだったら「三国志フェス2011」の雑記も「三国志フェス2013」に向けて一般参加者やボランティア・スタッフの何かしらの役に立つだろうと考える。
 というわけで、前述の雑記を「三国志ニュース」に何回かに分けて移植する。細かいところ以外、特に書き足したり削ったりする予定はないのだけど(アンカーそのまま)、今、読むと「三国志ニュース」用の文じゃないので、三国と無関係なことをガンガンに書いているね。あと、何かは書かないが、2011年の時に出ていた問題とその解決案が、2013年のメンバーに伝わっておらずそのまま同じ問題の繰り返しになっていることも書かれてあるね。


・MAG・ネット ~マンガ・アニメ・ゲームのゲンバ~
http://www.nhk.or.jp/magnet/
※現在リンク切れ

 NHKの番組『MAG・ネット』「ミュージカル『テニスの王子様』」の回を2011年9月9日に見る。先週の金曜深夜放送予定だったが台風報道で延びた回ね。ミュージカル『テニスの王子様』、通称「テニミュ」の特集で、敢えてキャストに新人を起用する理由が述べられていた。プロデューサー曰く「人気俳優だとマンガのキャラのスター性とケンカするから」だそうな。この話を聞いて昨年の「日本マンガ学会第10回大会」の2日目のシンポジウム形式の『テニスの王子様』に対するファンの補完の話を思い出した(下記雑記参照)。

・補完と共感 (2010年6月20日の個人サイト雑記)
http://cte.main.jp/sunshi/2010/0601.html#20

 上記の放送があったのが0:55-1:39で、実のところ、清岡はこの日の前日の20時から睡眠をとっていた。というのも、5時に家を発つ用事があったためだ。その用事は前述の「三国志フェス2011」関連だ。

・どんどんツッコメ (2011年9月2日の個人サイト雑記)
http://cte.main.jp/sunshi/2011/0901.html#02

 それについては書き出すと過不足が出てきそうで億劫になってしまっていたが、何かしら書かないと区切りがつかないと思い気楽に書き始めることに。それを気が済むまで書いて逸った気持ちを封じる意味でも。

・三国志フェス 2011年9月10日開催
http://3fes.sangokushi-forum.com/2011/
三国志フェス2011 於 大田区産業プラザPiO大展示ホール

※関連記事 三国志フェス2011リンク集

 結局、30分ぐらいしか眠れず23時半に目覚め、溜まったビデオをある程度、消化し、5時に発つ。最寄り駅から私鉄に乗り、5:46に京都駅に到着し、東に向かう。この時間帯だと最も早い新快速が走っておらず、転換式クロスシートの各駅停車の列車に乗り、6:05京都駅発。列車の中で賞味期限の一ヶ月ばかり過ぎた缶コーヒーを飲みながら、朝飯代わりに100円ショップで買ってきたラスクを食べる。前日午後に「三国志フェス2011」の準備があり、急ぐ旅だったので、乗換等を予め調べ青春18きっぷで行ける最速のルートを進んでいた。いつもだと尾張一宮駅のモスで食事を取り、乗換の少ない中央本線を通りのんびり進むんだけど、今回は東海道本線を進む。一応、スタバのタンブラーに、スポーツ飲料を入れ、それを飲みつつ。道中の読書用に図書館から水木しげる/著『ゲゲゲの人生 わが道を行く』(日本放送出版協会2010年7月)、武良布枝/著『ゲゲゲの女房 人生は…終わりよければ、すべてよし!!』(実業之日本社2008年3月)、石田美紀/著『密やかな教育 <やおい・ボーイズラブ>前史』(洛北出版2008年11月)を持っていったので、車中やホームで前から順に読んでいた。前の方は下記の日記あたりの流れかな。

・赤本、貸本、雑誌週刊化の並列 (2010年7月2日の個人サイト雑記)
http://cte.main.jp/sunshi/2010/0701.html#02

・やっぱり『ゲゲゲの女房』 (2010年7月12日の個人サイト雑記)
http://cte.main.jp/sunshi/2010/0701.html#12

・『「奇」の発想』 (2010年7月19日の個人サイト雑記)
http://cte.main.jp/sunshi/2010/0701.html#19

・「ガロ」編集長 (2010年7月20日の雑記)
http://cte.main.jp/sunshi/2010/0701.html#20

・サンデーとマガジン (2010年7月26日の雑記)
http://cte.main.jp/sunshi/2010/0701.html#26

 ノートPCを広げられれば、下記のページを作るために史書をあれこれ訳していた。下記のページだとURLが9月10日になっているができたのは1週間以上、後だと思う。

・孫策創業 (孫氏からみた三国志62)
http://cte.main.jp/sunshi/2011/0910.html

 それで7:11米原駅着、7:11米原駅発。8:00大垣駅着、8:15大垣駅発。9:45豊橋駅着、特に車内で乗り継ぎの案内がなかったので、どのホームに行けば良いか判らず一瞬、焦り、気付いたら駅構内で先頭を早足で歩いていた。9:49豊橋駅発。10:25浜松駅着、10:29浜松駅発。11:40静岡駅着、11:53静岡駅発。13:06熱海駅着、13:16熱海駅発。14:39横浜駅着、14:42横浜駅発。15:00蒲田駅着。予め蒲田駅にスター・バックスのグランデュオ蒲田店があると、調べていたので、タンブラーのスポーツ飲料を空にして、いざ出ると見あたらない。グランデュオ蒲田西館にあると記憶していたがフロアマップを見ても見あたらない。今、STARBUCKS COFFEE、グランデュオ蒲田、JRの蒲田駅構内図を見ても何階にある等の正確な位置が判らない。或るページによると、改札前にあるって書いてあるが見あたらなかった。改札は中央改札のみなので見落としたか?

・Starbucks Coffee Japan - スターバックス コーヒー ジャパン
http://www.starbucks.co.jp/

・グランデュオ蒲田 - GRANDUO [ グランデュオ ]
http://www.granduo.jp/kamata/

・JR東日本:各駅情報(蒲田駅)
http://www.jreast.co.jp/estation/station/info.aspx?StationCD=478

 喉の潤いが持つか気になりながら、まぁいざとなれば自販機に行くかと思いつつ、頭の中で地図を再生しながら、準備場所として借りていると聞く目的地へ歩む。目的地が思ったより遠く、見あたらないと、某企業の施設や一般のマンションの敷地に足を踏み入れてしまう。

 ようやく15時半前に到着し記憶していた貸し教室の場所にいくと、おさっちさんとにゃもさんが居られ、ネックストラップにスタッフ証や出演者証を入れる作業をしていて、もう終わりかけていた。ちなみにおさっちさんは今回(というか前回から引き続きだったっけ?)、ボランティアスタッフの会場全体統括(つまり現場監督)だ。その後、のおさっちさん先導でみんなでする単純作業に移るまでにすべき作業(パンフレットの編集とか)をパソコンであれこれされていた。今回は出展ブースの名称に中国の三国時代の地名を当てはめる、言ってみればお遊び要素を入れており、ノートPC上のパンフレットの原稿を見ながら、その調整を三人で話ながら行っていた。このアイディアはおさっちさん発案で事前に聞かされていて、その時にはすでに地名が割り振られていたんだけど、愉快で素晴らしく魅力的なアイディアだと思った。後日、ネット上でブースの方から好評を頂いたようだし。段取りと印刷所の都合もあり前日にパンフレット印刷って正直、出来はどうなんだろう、って思ったが、とても前日にワープロソフトで作ったと思えない良い出来で。
 16時前に前回に引き続き、今回の企画の発案のUSHISUKEさん到着。前回に引き続き、今回もこのイベント「三国志フェス2011」の代表だ。それまでに続き出展ブースの話し合い。ブースが地名に因んでいることから、三国志ネタが飛び交う。それから「1日限定!三国志コレクション展」のボランティア・スタッフ・チーフである、にゃもさんもいらっしゃることだし、その展覧会の平スタッフをする清岡は、確認も含め、USHISUKEさんにあれこれ打ち合わせっぽい話を振る。通常の展覧会であれば監視員のみであるが、今回の説明員を付けたのはメイド喫茶の店員と同じく(下記雑記参照)スタッフのモチベーションを高めるためだと清岡から主張する。まぁ、これもやりたがっている人(=にゃもさん、清岡)のみって話で。ついでなんでパンフレットにもその旨を入れて貰う(スタッフが黄巾なんで「展示物についてお近くの波才までお訊き下さい」とかネタを言いながら)。

・9月のネタ放出 (2008年9月11日の個人サイト雑記)
http://cte.main.jp/sunshi/2008/0904.html#11

 USHISUKEさんは電話対応で大忙しで、おさっちさんはパンフレット作りなので、にゃもさんと共に清岡は打ち合わせを続ける。スタッフのローテーションとか。その時にでた「順路」のアイディアはUSHISUKEさんにプリントアウトまでしてもらったものの、会場が自由に行き来できる状況だったので、貼らず終いだった。
 17時ぐらいに玄鵬さんが登場し(今回、ボランティア・スタッフの音響技術係チーフを担当)、USHISUKEさんからの材料をその教室へ持ち込む作業をする。主に「1日限定!三国志コレクション展」の川本先生の人形のケースの材料と、展示物を乗せる机の脚を隠す高質紙のロールだ(これが後にその日の作業のメインの一つとなる。というかそれをその場で聞かされる瞬間まですっかりケースは作られていたものとばかり思ってた・笑)。その間、某イベントのサイトのただ情報を貼り付けただけに見えてしまう冗長さや、行進の行くところは通行人も含め全て入場者カウントかもしれないから、我々は関西弁で「ホンマもんはここに居るでぇ~!」とか連呼しながら、渋谷センター街で行進やろう、とか与太噺を清岡から振っていた。その後、にゃもさんが必要品(つり下げるためのS字管とか)の買い出しに行った。なにせ蒲田はそういうのが買える店が多いとかで。例えば下記の「ユザワヤ」。

・手芸用品・生地・ホビー材料専門店 ユザワヤ
http://www.yuzawaya.co.jp/

 17時半には、よこはまあおばシネクラブさんのブースで実働されるベイシティ・エンタの方が来られた。しばし談笑し、1990年辺りの三国志ファンの動向という貴重なお話を伺う。話が株式会社三国志の石丸さん(故人)の話になり、実は石丸さんと親交のあった草林舎の方がこの後、来られる、ってお伝えする。

※石丸さんについて参照ブログ記事
・ベッラ・カンタービレ  Bella Cantabile
http://blog.goo.ne.jp/bellavoce3594/

・「三国演義」とカップッチッリ、そして石丸さんの思い出 (※上記ブログ記事)
http://blog.goo.ne.jp/bellavoce3594/e/f646da6a46d70064304f7e9bbe171e2b

・石丸夫人とお話して・・・(※上記ブログ記事)
http://blog.goo.ne.jp/bellavoce3594/e/bfecf95f439e5f280d67b8d5521504ca
※現在リンク切れ

・石丸夫人から・・・ (※上記ブログ記事)
http://blog.goo.ne.jp/bellavoce3594/e/d2fbe867d9f85f2bff0e5e5f8b7e83c3
※現在リンク切れ

・終生「三国志」迷の私・・・3義兄弟、古城での再会と「P氏の円卓」 (※上記ブログ記事)
http://blog.goo.ne.jp/bellavoce3594/e/2a289e280b6a1f7a18dba2219d03a225
※現在アクセス制限

 それと清岡からは『レッドクリフ Part I&II』の上映会は素晴らしい企画とお伝えした。

※関連記事 映画会『レッドクリフ Part I&II』一挙上映(2009年8月14日)

 あと下記にあるようにベイシティ・エンタさんが今回、持ち込まれたチラシ(後でパンフレットに挟む作業)によると、10月末に下記のようなイベントがあるそうな。

※関連記事
 大型人形劇「三国志」総集編(静岡県下田市2011年10月29日)
 三国時代から見た「魏志倭人伝」(静岡県下田市2011年10月30日)

 その間、おさっちさんも印刷所に行かれ、清岡への宿題として各ブースの貼り紙のデータ作り(ワープロソフト)とプリントアウト(おさっちさん持参のプリンター)の続きを託された。ちゃんと編集したものの、当日見ると、幾つか誤りのあったようで手書きで訂正されていた。どういう手違いがあったんだろう。誤って旧バージョンのデータが渡ったとか? プリントアウト開始したものの途中でエラーが起きて止まり持ち主のおさっちさん待ちとなった。

 18時ぐらいに、川本先生の人形のケース×2の組立準備。材料の目印は、買ったホームセンターで店員に付けて貰ったとのことで後はネジ留め(ドリルネジで)するだけとなる。三方を透明のアクリル板で囲い他の面はベニヤ板の直方体で、ドリルネジで固定する要領だ。今日は予め組み立てて、ネジ穴を開ける作業で、にゃもさんと玄鵬さんでいたかな。当日、実際、組み上がる姿を見たが、手作りとは思えない良い出来だった。ここでベイシティ・エンタさんから看板屋に依頼する方法もあると助言を頂く。あと(ネタ話として)関羽人形の前にお賽銭箱を置くって案も(笑)。
 18時半ぐらいに草林舎さんがこられ、顔合わせ。何せ、「1日限定!三国志コレクション展」における川本先生の人形以外の展示物の提供者さんで、軽く自己紹介し合って、早速、打ち合わせする。当たり前だけど、USHISUKEさんと草林舎さんとはそれに向けて何度か打ち合わせをしており(監修で一部展示物に解説を入れて下さった満田剛先生も展覧会関連限定だと確か二度ほど参加されたと思う)、清岡も4月23日分、5月28日分、7月23日分(この日に展示品を選定)に参加していた。余談な上に個人的な話だが7月23日分は左右で違う靴を履き、靴底の高さが違うものだから違和感のありまくる一日だった。その日に宿題として残りのキャプション作りとして切手類を預かり、家で作業し、9月9日にその切手類の入った箱を抱え東海道線を通じ運んできたんだけど、結局、スペースの関係で当日、展示されなかったのも、(いろんな絵画に触れられるキャプション作りが楽しかったこともあり)今としては良い思い出だ。話を戻すと、そのため清岡はその時、草林舎さんと初対面ではなかった。いやそもそも第2回三国志祭の時に名刺頂いたんだっけ。

※関連記事
 中華料理 三国志(大阪市西区西本町)
 第2回三国志祭(三国志コレクション)

 USHISUKEさん側では「1日限定!三国志コレクション展」の展示物、軽く開梱して翌日の準備(位置決めとか)をするつもりだったが、一つのバンに詰め込んで持ってこられ、とてもじゃないけど、簡単に開梱できない、ってことで、展示の場所等は「ぶっつけ本番」ってことになった。今日のところは必要物資(ポスターを入れる枠(パズルを入れるケースって話だったが結局、ビニルの袋)やパネルに上から吊すS字管とか。ちなみにパネルは会場からの借り物で貼り付け禁止とのこと)を聞いてそれを買い揃え、当日は適当に並べ、後から判っている人(つまり事前の打ち合わせに参加した清岡)がキャプションを置いていくって流れに決まった。あと事前に選定した以外の展示物もたくさんあるってことで、キャプションなしも出てくるそうな(それはそれで見ている人にとっては嬉しいんだから良いし、予め草林舎さんが中華民国 英美烟公司(駐華イギリス会社)のタバコカード150種類(コンプリート)にキャプションとして全部、人物名を入れて下さっているとのことで来客者に楽しんで貰えそうだった)。「1日限定!三国志コレクション展」のスタートは開場から30分後の11時からで少しは展示作業に余裕ある。間を見計らって、ベイシティ・エンタさんと草林舎さんの顔合わせ。話の切欠にと思い、石丸さんをご存知だと言うことを伝える。
 次にUSHISUKEさんからの指令。幅600mm(机の高さ700mm)の高質紙のロールから1800mmと400mmの二種類(前者32枚後者20枚+予備数枚)をどんどんカッターで切り分けていく作業。前述したとおり、その紙は「1日限定!三国志コレクション展」の展示物を乗せる長机の脚を隠し見栄えをよくする役割だ。カッターは用意されていて、メジャーは清岡が持ち込んでいるものの、カッターを当てる定規がなかったので、教室内を探すと、川本先生の人形を入れるケースの材料であるアクリル板の切れ端があったのでそれを使う。19時ぐらいに、草林舎さんがホテルに行かれるとのことで、清岡は慌ててあれこれ質問した(ポスター類の時代は「中華民国」で良いか、とか)。その旨をUSHISUKEさんに伝える。後で「1日限定!三国志コレクション展」のキャプションをご自宅でプリントアウトしラミネート加工するとのことなので。USHISUKEさんはユザワヤに旅立たれた。

 それと玄鵬さんのデザインで印刷店から届いたチケットの実物を見せて貰う。赤が基調のシンプルで格好いい。19時ぐらいにボランティアスタッフで設営係チーフの三口宗さんが来られる。それからおさっちさんが帰ってこられ、明朝にパンフレットの印刷が上がるとのことなので、チラシをパンフレットに挟み込む作業は開場前に行うとのことで、今日は複数のチラシを1セットにする作業を行おうってことになった。三口宗さんは自前の腕章を持ってこられていて、それに設営係とかけて「薛瑩」(せつえい)と書こうとしたものの、その漢字が判らないと周りの人に聞いていたんだけど、そこでおさっちさんが「そんなのどうでもいいから手伝って」とか「そんなのどうでもいいや」とか冷たいツッコミを入れておられた(笑)
 19:15ぐらいに哲坊さんが有り難いことに差し入れ持参で来られる(※明日の出演者さんでもある)。清岡からは初対面だったが、ネットで何度か写真でそのお姿を拝見していたので初めてという気がしないという旨を告げていた。差し入れを囲んでその後、皆でしばし四方山話をしていた。
 それと各ブースの貼り紙のプリントアウトを再開したものの途中でインク切れ。夜遅いものだから近くでインク売っているところがないため、USHISUKEさんのプリンター頼みとなる。いつしか分担の流れ作業になっていて、皆でチラシのセットを作る作業を行っていて、清岡は黙々と紙のロールからカッターで1800mm長さに切り分けていく作業を行っていた。切り分ける作業はロールが一巻きしかないため、一人で行うのが効率が良いってことで清岡一人でやっていたわけだけど、実は後でロールが二巻きあることに気付いていた。その一人作業以外の、教室での作業は、基本的にみんなでワイワイ楽しみながら行われていた。ネタとしては、ヤオイはさっぱり判らないって話をしながら複数人がチラシセットを作る傍らで、清岡は黙々と紙のロールが丸まらないように『密やかな教育 <やおい・ボーイズラブ>前史』の書籍を丸まる紙に重石として置いて紙を切り分けるというシュールな一場面もあった。ともかくチラシの作業は終わり、USHISUKEさんが帰ってこられたのだけど、紙を切り分ける作業は1割完了ぐらいで終わらずのままだった。
 そこで紙を切り分ける作業に三口宗さんが加わり、すでに切り分け済みの紙に両面テープを付ける作業をしてもらう(当日気付いたし前日も危惧していたが、次への教訓としては両面テープの粘着力最弱だとすぐ剥がれるってこと)。その後、実は紙のロールがもう一つ見つかって、作業が分担できることが判明し、メジャーが足りないものの、テープで長さの印を付ける等のベイシティ・エンタさんのご提案も加わり、手の空いた、にゃもさんに手伝って貰う。

 20時半SILVAさんが来られ、イベント係のチーフなので、そのままUSHISUKEさんとおさっちさんと打ち合わせに突入。ボランティアスタッフのグループが違うせいもあって清岡とはあまり話せなかったが、2007年2月17日の「三国志ファンのための新年会2007」以来となるのかな? ともかく会えて良かった。なつかしい。こういう再開も長い間、同じ趣味を持つと起こりうる嬉しいことだね。

※関連記事 2007年2月17日 三国志ファンのための新年会2007

 その教室が22時までであったためまだ作業が残っていたものの、21時半ぐらいからは片付け・撤収準備を始め、荷物を台車で運び車へ積み込んだ。紙のロールから切り分ける作業は400mmの分が10枚程度、残っていたが、それは清岡が行うことになり、22時にその建物の駐車場で解散となった。

 この日、清岡が泊まる場所はUSHISUKEさんの住む集合住宅が管理しているゲストハウスだったので、車に同乗する。まず喉の渇きを潤すため、コンビニに寄り、飲料物を購入する。清岡はここでようやっと15時から7時間余りの渇きを癒せた(ならばどこかの自販機で買えば良いのにって話だけど成り行きで)。途中、当日の打ち上げの店の予約等の用事を済ませながらだったため、宿泊地近くのバーミヤンで食事を取ろうと腰を落ち着けたときは日付が変わるか変わらないかぐらいのときだった。

・バーミヤン|株式会社すかいらーく|すかいらーくグループ
http://www.skylark.co.jp/bamiyan/

 ようやく一息付け、やはり次の日のイベントの話が結構、出ていた。すでに反省点として、出展ブースの申込はウェブページ上で初めに問い合わせを行って頂くのではなく、初めの申込段階でにブース名や紹介文の入力して頂くフォームを用意するべきだというのが出ていた。それが一因となって、イベント公式サイト上で開催日直前でのブース紹介となってしまっていた。まぁ、さすがに「権限が一人に集中しすぎて全ての対応が遅くなっています。最悪12日後の応対になっています。その所為で何人か参加者や参加団体を減らしています。次回からはもっと分散させていきましょう。あるいはマネージメントの係を立てましょう」という話は少しも言えなかった。それからUSHISUKEさんがスマートフォンでツイッターのタイムラインを見ていて、23:30ぐらいからイベント公式サイトにアクセスしづらい状況になっていたことを告げられる。

・三国志フェス2011 9/9から9/12まで - Togetter
http://togetter.com/li/187524

 ゲストハウスに行ってからあれこれネットを見てみると、有り難いことにいくつかの、いわゆる個人ニュースサイトに「三国志フェス2011」を取り上げていただいたので、それが繋がりにくくなっている原因かな、と思った(但し、清岡からはこれをどう解消すれば良いか案が思い浮かばないが)。
 食事を終え、紙のロール等を取り出し、USHISUKEさんと別れ、ゲストハウスに向かう。USHISUKEさんからハサミを借りようと思っていたがそれを忘れたため、宿題として残された紙の切り分けは切る前の段階である、400mm毎に折り目を付けるだけに留まり、それで眠る前の作業を終える。明日に備え、風呂に入り(自動お湯張り機能付き)、26時就寝。(※以上、2011年10月10日、17日に書き記す)


 持ち込んだ電波時計の目覚ましでゲストハウスにて5時半に起きる。ゲストハウス内を整頓して出立に備える。6時半USHISUKEさんと待ち合わせとのことだったが、「1日限定!三国志コレクション展」のキャプションのプリントアウトに続くラミネート加工の作業がおしているとのこと。キャプションは140枚あるので無理もない、と思った。それにUSHISUKEさんはどうやら徹夜作業のようで。清岡からは宿題として残っていたコレクション展での長机の足を隠す紙を400mmに切り分けるためにハサミが欲しいとお願いする。

 10分程度、遅れてUSHISUKEさんが無事登場し、前日と同じくUSHISUKEさんの車に乗り込む。「同伴出勤」とか冗談を言いつつ。実は前日のおさっちさんに引き続き、USHISUKEさんのプリンターもインク切れをしたらしく、プリントアウトしてない分を、途中のコンビニでプリントアウトした。SDカード等のメディアがあれば24時間営業している店でプリントアウトできるだなんて便利な世の中になったものだ。清岡は「2008年度 東洋史研究会大会」での小林聡先生による報告「魏晋南北朝時代における冠服制度と礼制の変容―出土文物中の服飾資料を題材として―」のレジュメのコピーをする。あと飲物や食べ物を買っておく。

※関連記事 「魏晋南北朝時代における冠服制度と礼制の変容」ノート

 コンビニを発って、USHISUKEさんの車のナビを見ると、「三国志フェス2011」の会場となる大田区産業プラザPiOの到着予定時刻が8:40になっていた。スタッフの集合時間は8:30であり完全に遅刻なので、電話でその旨を伝え、おさっちさんに進行してもらうようお願いする。

 地下の駐車場に車を停めたり、あれこれしている間に、8:50ぐらいになっていた。USHISUKEさんと別れ、建物内で1階の会場前に行くと、すでにボランティア・スタッフがいくつかのグループに分かれていた(手元の資料によるとボランティア・スタッフ24名だ。連絡無しドタキャンがあったので結果的にこうなった)。遅れたことを謝りつつ、清岡は「1日限定!三国志コレクション展」のグループに入る。メンバーは、リーダーのにゃもさんさんを初め清岡を含め全員で4名だ。小松さんと早稲田大学三国志研究会出身の鉄巨人さんとは初対面。途中参加ながら、注意事項の確認と全体の流れを打ち合わせした。とりあえず今回、お昼休みに、コレクション展を会場に、満田剛先生によるギャラリートークが行われる予定で、それについては人員整理が居るのでこのスタッフ全員参加ってことを情報共有で。
 ある程度、終えると、前回と同じく今回もスタッフ証として黄色いバンダナ(つまり黄巾を模している)とネックストラップ(「スタッフ」じゃなくて「主催者」の方を頂いてしまったのだが・笑)を貰う。すぐに黄色いバンダナを左肩に装着する。USHISUKEさんにも渡して下さいってことで一旦、預かるも捕まりそうにないので直ぐに返す。結局、USHISUKEさんは黄色いバンダナを今回付けなかったんじゃないかな。

 9時になると出演者控え室兼スタッフルームが開くので、スタッフがバラバラにそこに荷物を置きに行く。そして会場が開きいよいよ設置の時間だ。これはグループ関係なく、スタッフが東面の置き場から皆で長机やイスを運んで、出展ブースの西から順に設置していく。どういった配置かは予め(先程)配られたマニュアルに、CADで描かれた配置図が記載されており、その通りにしてくれとのことだ。「薛瑩」(せつえい)と腕章を付けた設営係の三口宗さんが音頭をとっていて、スタッフによって長机が重なったキャリヤーが運ばれ、次々とそれらのキャリヤーから長机を下ろされ運ばれ配置される。この際、西面中央にある搬入口が使われるかもしれないので(西面はガラス張りになっていて外光が取り込まれていた。開場時にはブラインドが下りる)、まず西側、北と南の端から置くという流れだ。初めの方は長机の配置への迷いがあってかぎこちなく動くも、三口宗さんやおさっちさんが度々、修正し、徐々に皆の動きが早くなる感じだ。とてもさっき初対面同士だった人たちとは思えないスムーズさ。
 出展ブースの所がある程度、終えると、次は会場中央の「1日限定!三国志コレクション展」の長机やパネルの配置なんだけど、ここでUSHISUKEさんに声をかけられ、入口であれこれコレクション展のケースの組立工具、順路貼り紙、長机に貼る紙、草林舎さん用の雑品を受け取る。その間にもUSHISUKEさんは各方面から声をかけられる忙しさだった。出展ブースの出展者とか受付担当のスタッフとか。設営場所に戻ると、小松さんが「トワ」さんと名が書かれたマニュアルがいつのまにか手元にあったってことで「どうしましょう」と困惑されていた。まぁ取り違えてしまう程、それだけ設営に皆、集中されているんで「良いんじゃないですか」と申し上げておいたが。ちなみにトワさんはカメラ係だったので、捕まらない、ってのもあったので。

 9時半ぐらいに会場はすでに個別の設置に遷っていて、「1日限定!三国志コレクション展」のスタッフも、長机やパネルの設置に専念する。再びUSHISUKEさんに呼び止められ、駐車場の車を一階の西側搬入口まで動かし、そこから昨日、用意した川本喜八郎先生の人形用の展示ケースの板等を運び入れることに。運転後に、USHISUKEさんはカオポイントのおくまんさんから電話が掛かってきて、出演の事項確認やチラシの話をしたりとやはり大忙しだった。清岡はスタッフを呼びその展示ケースの板等を運ぶようにしてもらう。ちょうどおさっちさん所有の台車があったので。さらに草林舎さん提供の展示物(依然、梱包された状態)やブースでの販売物が、「1日限定!三国志コレクション展」の場所より東の北壁に置かれていて(おそらく連絡が滞っていて行き違いがあったのだろう)、そこは中国茶を振る舞う「百花繚乱」の場所で、すでにその担当のれいなさんが立って待たれていたので、両者に謝意を示した上で、移動して貰う。すでに会場では音楽が流れたりマイク・テストしたり何らかの音が流れていた(後で聞くにそれって会場提供の大田区産業プラザPiOの係の方が行われてたそうで)。それからUSHISUKEさんの車から出演者用のお菓子やお茶等を控え室へ運んだ(朝や昨晩にUSHISUKEさんがコンビニで購入)。
 9:40ぐらいには、にゃもさんと鉄巨人さんが川本喜八郎先生の人形の展示場所設営(パネル設置や展示ケース組立)、小松さんが長机に、足を隠す紙を貼る作業に移られていた。それから草林舎さんの代表さんから声をかけられ、いよいよ展示物の配置をして頂くことになる。事前の打ち合わせでは事前に配置を決めるってことだったが、作品数の量からそれは事実上不可能ってことで、結局、展示物の配置は草林舎さんに任せることになった旨を伝えた。それから通りすがりのUSHISUKEさんから満田剛先生執筆の「1日限定!三国志コレクション展」の挨拶のA3の紙を受け取り、にゃもさんに託す。あと展示ケース組立の工具も。実際、会場が出来上がると思ったより狭いってことで、順路の貼り紙の案は無しってことに決まる。

 10時ぐらいには、草林舎さんの代表さんに付いて、「1日限定!三国志コレクション展」会場の設営を進めていた。といっても展示物は草林舎さんの方のスタッフ4名ほどで梱包を開けて配置して頂いたので、それに関しては結果的に清岡は見るだけになっていたんだけどね。それと今回、川本喜八郎先生の人形の周りには著作権等知的財産保護のため、パネルを囲うようになっていたが、計画に沿って配置してみると、囲い外から中が見えるようになってしまったので、パネルを少々、入り組んだ形に変更になった。ここらあたりでおさっちさんと三口宗さんがそれぞれ別個で、各出展ブースの貼り紙を探していた。清岡が持っているとかUSHISUKEさんが持っているとか話になっていた(この結末については後述)。ここで三口宗さんの手配で、他のグループのスタッフから応援が来られたので(おそらく受付担当のグループだと思うが失念)、長机に紙を貼る作業(川本喜八郎先生の人形展示の方の長机優先で)や昨日、やり残した、400mm毎に折り目を入れた紙を切り分ける作業をそららスタッフに託す。清岡自身は草林舎さんの置かれた展示物にキャプションを配する作業に移る。140枚もあって、しかも過不足があるんで、なかなか作品とキャプションの対応ができず軽いパニック状態になっていた。10:15ごろ、満田剛先生が来られ、挨拶の後、行き違い(というか清岡の確認不足)で満田先生の方に展示物の「解説」を執筆依頼を受けていた項目(キャプション上では「解説」になっている。140作品のうち書きたいものに解説を加えて下さい、ってUSHISUKEさんからの依頼だったとのこと)は、清岡では日本語タイトルのつもりだった旨(そのためより短い単語になった)を伝える。あと中華民国時代のポスター(整理番号「掛19」の「江蘇省啓東煙草股份有限公司 金磚牌 哈徳門タバコ」)の解説が興味深かったことも伝え、しばし談笑。後日、にゃもさんのブログ記事(下記リンク先)で、曹操は登場しないまでも二嫂(甘夫人、糜夫人)と関羽の組合せが同室であることから「関公秉燭達旦」が元ネタだろうと書かれていて、なるほどな、と思った。『三国演義』の大体の時期だけで残りは全部、創作と思っていたので。今、見返すと確かに『三国演義』(毛本)第二十五回屯土山關公約三事救白馬曹操解重圍に「於路安歇驛館、操欲亂其君臣之禮、使關公與二嫂共處一室。」の記述があるね。

・三国与太噺
http://d.hatena.ne.jp/AkaNisin/

・三国志フェス2011 (※上記ブログ記事)
http://d.hatena.ne.jp/AkaNisin/20110927/1317129121

 10:20ごろに草林舎さんの代表さんから川本喜八郎先生の人形展示のパネルの外側を展示に使って良いか聞かれる。パネルの囲いの内側から見ると、パネルに懸けるS字フックが特に目立たなかったので、若荀彧人形オーナーのまいこさん等に許可を取った上で、Goサインを出す。それと草林舎さんの代表さんから出展ブース(つまり売る方)の場所を尋ねられたので、それが書かれてあるパンフレットを探している間に、どこだか思い出し、そこへ担当の方を案内する(というか、ここらへんのブース出展者に対しての、配置を教える等の初めの応対も次回忘れてはいけない課題だね)。南の壁際、赤兎馬さん2スペースの西隣2スペース、長沙と江陵だ。昨日、どういった方針で出展ブースの配置をしたのかUSHISUKEさんに尋ねたのを思い出したので。10時半前の開場前に三口宗さんとUSHISUKEさんに会い、そこで各出展ブースの貼り紙が行方不明の件を言うと、USHISUKEさんが持っていたことが判明する。それを本部のおさっちさんに伝えると「でしょ~!」っておっしゃっていた(笑) コレクション展の場に戻ると、南側のパネルが連なるところの展示が開始されていて、詰めて展示されていたので、キャプションを貼るスペースを都合してもらった。あと長机に貼る紙が剥がれやすいって問題が起こっていてテープの粘着力が弱いって話だが、三口宗さん曰く貼り方によって剥がれる物と剥がれない物が出てくるとのことだ(前日に三口宗さんが両面テープを貼って貰ったので)。清岡は引き続き、キャプション置きの作業を続ける。やはりキャプションに関しては軽いパニック状態。その際に三口宗さんがおっしゃっていたが、開場前に客が行列を成しているという嬉しい報せがあった。それと別の場所でスクリーンに使うとかで、紙のロールを取りに来るスタッフがいらっしゃった(なんでも京劇の字幕を映すとかで。でも結局、会場備え付けの上からのスクリーンを使っていたような…)。

※次の記事 メモ:三国志フェス2011 昼まで(2011年9月10日)

※追記 横山光輝三国志(1991年10月18日-1992年9月25日)

※追記 サンゴク 英雄たちの邂逅(2015年12月4日)

※追記 お便り紹介コーナー 三国志のページ(1980年4月-1995年3月)

※追記 人形劇三国志 大百科(1993年4月1日)

※新規関連記事 京浜線の思い出巡り(2018年2月10日)

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