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▼殷景仁さん:
>R・Fさん初めまして。
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>「繆」の読み方については、松浦友久「「繆氏」の発音の史的変化と日本漢字音―「入声・去声」の関係に即して―」(研文出版『中国詩文の言語学 対句・声調・教学 松浦友久著作選一』所収)という論文があり、論文の主旨を簡単に要約すると次のようになります。
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>1:諡号としての「繆」は、「音穆」「音木」(陸徳明『経典釈文』)などの音注が十数例あり、「秦繆公」についても、「繆、読曰穆」(『漢書』顔師古注)とあることから、「繆」は「穆」に通じ、「繆=ぼく」と読まれていたことが確認できる。
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>2:姓氏としての「繆」は、六朝から盛唐までは伝統的な「繆=ぼく」と口語的な「繆=びゅう」の読みが併存していた。『王仁ク刊謬補缺切韻』の記述などから推測するに、元来は「繆=ぼく」の読みが主流であったが、司馬貞『史記索引』の「蘭陵繆生」における「繆、音亡救反。……一音穆」の注や『唐韻』『広韻』鄭樵『通志』などの記述から、盛唐から次の宋代になると、「繆=びゅう」という読みに移行したと考えられる。
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>3:さらに「繆=びゅう」という読みは、「謬(誤り、間違い)」などに通じることから、明代の頃には「繆=びょう」という読みが現れた。
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>4:以上から考えて、姓氏としての「繆氏」の日本漢字音は、「繆=ぼく」「繆=びゅう」いずれもあり、どちらが間違いだとはいえないが、読書や教学における混乱を避けるために優先をつけるならば、「繆=ぼく」の方がより相応しい。
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>この見解に従えば、ここで問題になっている諡号「繆」については、「穆」に通じ、「繆=ぼく」と読むことでいいということになります。参考までにご参照ください。
▼殷景仁さん:
丁寧な説明ありがとうございます。
>「「繆氏」の発音の史的変化と日本漢字音―「入声・去声」の関係に即して―」(研文出版『中国詩文の言語学 対句・声調・教学 松浦友久著作選一』所収)
このようなアプローチの仕方があるとは全く知りませんでした。
>六朝から盛唐までは伝統的な「繆=ぼく」と口語的な「繆=びゅう」の読みが併存していた。
>盛唐から次の宋代になると、「繆=びゅう」という読みに移行したと考えられる。
>さらに「繆=びゅう」という読みは、「謬(誤り、間違い)」などに通じることから、明代の頃には「繆=びょう」という読みが現れた。
ということは、明以前には「繆」は、「穆」に通じていても、「謬(誤り、間違い)」とは通じておらず、明以前には「繆」は悪謚ではなかった可能性が高いと判断して良いのでしょうか。
程敏政と梁章鉅のことを検索してみましたら、程敏政は明代、梁章鉅は清代の人でした。梁章鉅が「荘繆侯」を悪い意味に取ったのは、時代による考えがあったのかもしれないのですね。
歴史というのは本当に奥が深いですね。改めてそれを感じさせられました。勉強になりました。
この度は本当にありがとうございました。
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