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【2023】孔明の吟じた詩 たいがあ 2005/10/19(水) 11:22 教えて

【2399】Re:孔明の吟じた詩 清岡美津夫 2006/7/31(月) 18:43 ハロ〜☆
┗ 【2404】テーラー訳は研究課題の宝庫 たいがあ 2006/8/4(金) 19:00 感謝♪

【2399】Re:孔明の吟じた詩
ハロ〜☆  清岡美津夫 E-MAILWEB  - 2006/7/31(月) 18:43 -

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   ▼たいがあさん:
>清岡さん昨日はこのスレをPCより引っ張ってくださりありがとうございます。

どうも昨日の三国志学会はお疲れさまです。
まさか間近の人から質問が飛び出るとは思ってもなかったです(笑)
講演の内容と質問が少々ずれてましたが、我々一般聴衆はああいう機会でしか質問を投げかける機会がないと思いますので、そういう意味で興味深くやりとりを聞いていました。

>昨日の三国志学会でこの質問を投げかけてみましたが
>1 版の違い
>2 意訳説
>
>この2つの可能性はあるものの結論は出ませんでした。
>
>英訳が元としたのはThe Romance of Three Kingdomsというサイトによれば
>毛宗崗本のようです。
>____________
>
>This English translation is based on the Mao edition, which is also the most widely read edition in China and Asia.
>
>英語版はアジア、中国で広く流布している毛宗崗本に基づいています。
>
>-------------
>とはいっても毛宗崗本自体100種類以上の版があるとのことで異本の可能性が
>否定されるわけではありません。

やっぱり毛宗崗本が種本になっている可能性が高いんですね。
懇親会で教えをうけていた毛宗崗本自体100種類以上を把握している先生がいるって情報で何か手がかりになるといいですね。

>意訳だとすると(こちらはむしろ私の専門分野ですね)
>次の可能性が考えられます。
>
>1あいまいな表現、婉曲表現ではかえって伝わらないとき
>日本語の俳句や短歌を英語にするようなもどかしさが
>三国志演義にもあるかもしれません。
>
>2詩の解釈をそのまま英語にした。
>テーラー氏の英訳は注釈がまったくないので場面の進行上の都合で
>ということもありえます。
>
>1の可能性は低いと思います。
>というのは原書の詩はそれなりに形をとっているのでそのまま訳しても
>読者は納得するのではないでしょうか。
>
>2原書の詩からこの解釈は飛躍がありすぎます。
>
>なので元の文章が別であると考えるのが現状では筋が通っていると思いますが。

なるほど、そう考えると元の文が違っている可能性が濃厚になりますね。
これで何かブレイクスルーになるものが見つかるといいですね。

【2404】テーラー訳は研究課題の宝庫
感謝♪  たいがあ WEB  - 2006/8/4(金) 19:00 -

引用なし
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   こうしてみると1925年のテーラー英訳は研究テーマの宝庫かもしれないですね。

研究分野として

1C.H Brewitt Taylor氏自体の研究。
多忙な職務の傍ら、これほどの大きなことを成し遂げたテーラー氏
個人に対する研究がもっと進んでもいいかもしれません。来年は生誕
200年ですし。

2英訳そのものの研究
日本語訳、原文との対比による翻訳研究。ちなみにテーラー訳の1959年改訂版の
前文(Andrew Miller)には小川環樹訳の序文に関するコメントがありましたね。

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It is, for example, the iealized Liu Bei in the novel who survives in the Chinese tradition even though, as Professor Tamaki Ogawa has pointed out in the introduction to his Japanese translation of the novel there is little if anything in the historical record to justify the gracious treatment which he has been accorded.

例を挙げるとすれば、三国志演義における劉備の理想化である。この理想化は中国社会には伝統的に根付いてしまっているが、小川環樹教授が氏の日本語訳の序文に述べているように、歴史の記録としてはそうした劉備の聖人君子的扱いを裏付ける根拠にははなはだ乏しいといえる。

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3月締め切りの三国志学会の論文にこの膨大な研究テーマの取っ掛かりを
示せるといいですね。

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