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【1635】五徳説−それぞれの王朝は何徳? KJ 2005/4/4(月) 0:14 教えて

【1666】皆様、ありがとうございます♪感謝感謝! KJ 2005/4/10(日) 8:05 解決
┗ 【1755】ためになりました! げんりゅう 2005/5/27(金) 14:14 教えて
┣ 【1756】白土 清岡美津夫 2005/5/27(金) 15:08 ひと言
┗ 【1757】袁術は相生説で正統化 KJ 2005/5/28(土) 2:56 ひと言
┗ 【1768】Re:袁術は相生説で正統化 げんりゅう 2005/6/4(土) 14:40 解決

【1666】皆様、ありがとうございます♪感謝感謝!
解決  KJ E-MAILWEB  - 2005/4/10(日) 8:05 -

引用なし
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   ▼飛翔さん、孫ぽこさん、ゆららさん、白崎さん、清岡さん(NOBさん、菅原さん)、曹徳さん(加藤鍼灸院さん):
参考になるレスをありがとうございました。

レスひとつひとつに返事を書こうとも思いましたが、後から参照することの利便性と御礼の気持ちを込めて皆様の英知を結集した形にして残したいと考え、返事をひとつにさせて頂きましたことをお許しください。

当初、単純に何徳かを知りたいだけでしたが、意外と奥が深くてサンキューの一言では感謝の気持ちを表わせないと思い、そうした意図からも五行による徳の諸事情をまとめてみたいと思いました。私自身も勉強させて頂きました。

以下、まとめです。ひとつだけ疑問が残っていますが。より掘り下げて理解されたい方は、質問に対するレスの内容とそこから参照できる資料(ウェブサイトコンテンツ・書籍)をご覧下さい。(今回私は白崎さんご紹介の書籍まで手が回りませんでした。これも参照してみて下さい。)

本当にありがとうございました。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
王朝交代劇において、権威の象徴である王朝政治体制を非難する行為は諸刃の剣であり、理論による執行者交代を説明して王朝政治体制を継続していく必要があった。

その理論とは? それは五行説。その五行の相関説が主に2つある。

相剋説:土木金火水 [紀元前3世紀頃]戦国時代に成立した思想→終始五徳論
相生説:木火土金水 [紀元前2世紀頃]前漢時代に成立した思想→帝王五徳説

■秦王朝の主張(相剋説)
黄帝:土徳
夏:木徳
殷:金徳
周:火徳
秦:水徳−黒色

■漢王朝の主張 高祖(相剋説)
黄帝:土徳
夏:木徳
殷:金徳
周:火徳
漢:水徳−黒色

備考:劉邦は秦を正式な(世襲した)王朝と認めなかった。→秦を倒す理由

■漢王朝の主張 武帝(相剋説)
黄帝:土徳
夏:木徳
殷:金徳
周:火徳
秦:水徳
漢:土徳−黄色

備考:儒教の国教化に伴い太初暦が施行されたが暦の矛盾を無くすために、秦を正式な王朝として認める必要が出てきた。

■漢王朝の主張 成帝(相生説)
伏羲:木徳
神農:火徳
黄帝:土徳
少昊:金徳
せんぎょく:水徳
ていこく:木徳
堯:火徳
舜:土徳
夏:金徳
殷:水徳
周:木徳
漢:火徳−赤色

備考1:帝王五徳説の採用と、高祖の秦を認めない方針を採用。
備考2:後に、劉秀は眉を赤く染め新の王莽と戦った(赤眉の乱)。→新を倒す理由

■魏王朝の主張(相生説)
周:木徳
漢:火徳
魏:土徳−黄色

備考1:土徳を主張する→漢から禅譲する理由
備考2:同じ土徳を主張する呉は認めない。→呉を倒す理由
備考3:漢を継承し火徳を主張する者を認めるわけにはいかず蜀と呼んだ。→蜀を倒す理由

資料1:『魏書』明帝紀・景初元年の条と裴注の高堂隆伝に土徳だから黄色を尊んだことが書かれている。

■蜀王朝の主張(相生説)
周:木徳
漢:火徳
蜀:火徳−赤色

備考1:火徳を主張する→漢を継承する理由
備考2:蜀は漢を継ぐ者という立場にあり、王朝の称号を「漢」とした。→魏・呉を倒す理由
備考3:史実として正統性を残した魏王朝からは蜀と呼ばれ、呼び方は現代にも影響している。

■呉王朝の主張(相生説)
周:木徳
漢:火徳
呉:土徳−黄色

備考1:土徳を主張する→漢から禅譲するにも魏に先を越され、存在意義の立証が難航して皇帝即位が遅れ、地方独立政権色を帯びる

資料1:『江表伝』の223年の呉の乾象歴使用の注に「孫権は呉では五徳の移りゆきから推測して、土徳が活動すると考えて・・・」という記述があり、相生説を採っていることが分かる。
資料2:呉の最初の年号が黄武であり、皇帝となった229年の年号が黄龍であり、相生説を採っていると考えられる。
資料3:『呉書』胡綜伝に呉の牙旗には黄龍が描かれていたとある。

■晋王朝の主張(相生説)
周:木徳
漢:火徳
魏:土徳
晋:金徳−白色

備考1:金徳を主張する→魏から禅譲する理由
備考2:土徳を主張する呉は認めない。→呉を倒す理由
備考3:漢を継承し火徳を主張する者を認めるわけにはいかず蜀と呼んだ。→蜀を倒す理由
おまけ:ヲイヲイ俺たちもう金徳だよ、いつまで火徳なんて言っとるんだい?>蜀

資料1:『晋書』輿服志に、「世祖武皇帝接天人之[貝兄] 開典午之基 受終之礼 皆如唐虞故事 晋氏金行 而服色尚赤 豈有司失其伝歟!」という記述があり、王朝の立場で「晋氏金行」と明言しているので、相生説を採っていることが分かる。(参考:菅原さん訳「晋は金行であったので、服する色は赤を尊んだ、どうして官吏がその伝を失うことがあろうか?」)

疑問1:備考1中の『晋書』輿服志引用部分に「而服色尚赤」とあり、色の割り当てがおかしいようだ(金は白、火は赤)。ちなみに晋書には赤がよく出てくる。これって何故?
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

【1755】ためになりました!
教えて  げんりゅう WEB  - 2005/5/27(金) 14:14 -

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   >王朝交代劇において、権威の象徴である王朝政治体制を非難する行為は諸刃の剣であり、理論による執行者交代を説明して王朝政治体制を継続していく必要があった。
>相剋説:土木金火水 [紀元前3世紀頃]戦国時代に成立した思想→終始五徳論
>相生説:木火土金水 [紀元前2世紀頃]前漢時代に成立した思想→帝王五徳説

かなりためになりました!結局のところ、五行説を「自分の良い様に解釈した」ということなのでしょうか。

そこで質問ですが、「袁術伝」の注で『典略』に「術以袁姓出陳、陳、舜之後、以土承火、得應運之次」とあります。これは袁術が火徳の漢から土徳である自分が取って代わるという意味で合っているんでしょうか?ちくまの『正史 三国志』には「……土が火をうけつぎ……」とあるんですが、漢文を正確に読めないので誰かご教授お願いします。

それと、五行説と関連しているかどうかわかりませんが質問があります。
『後漢書』「皇甫嵩伝」に黄巾のスローガンが載っていますが、ここに「以白土書京城寺門及州郡官府、皆作『甲子』字」とあります。
当時の土は白色だったのでしょうか?白い土であればわざわざ載せることはしないですよね・・・これに深い意味はあるのでしょうか?

【1756】白土
ひと言  清岡美津夫 E-MAILWEB  - 2005/5/27(金) 15:08 -

引用なし
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   ▼げんりゅうさん:
>それと、五行説と関連しているかどうかわかりませんが質問があります。
>『後漢書』「皇甫嵩伝」に黄巾のスローガンが載っていますが、ここに「以白土書京城寺門及州郡官府、皆作『甲子』字」とあります。
>当時の土は白色だったのでしょうか?白い土であればわざわざ載せることはしないですよね・・・これに深い意味はあるのでしょうか?

どうも初めまして。
白土に着目するのは面白いですね。

あまりちゃんと考えずに書き込んでいるんですが、関係あるかもしれないものをみつけたんで、とりあえず書き込んでおきます(すみません)。

中央研究院漢籍全文資料庫の二十五史で「白土」と検索すると後漢書の張衡列伝の注に

河圖曰:「天有九部八紀、地有九州八柱。東南神州曰晨土、正南〓州曰深土、西南戎州曰滔土、正西〓州曰〓土、正中冀州曰白土、西北柱州曰肥土、北方玄州曰成土、東北咸州曰隱土、正東揚州曰信土。」愉、樂也。敖、游也。

という記述がありました。
 白土で書くのは暗に黄巾が冀州から発しているという意味を込めていたりして、なんて連想しました。

【1757】袁術は相生説で正統化
ひと言  KJ E-MAILWEB  - 2005/5/28(土) 2:56 -

引用なし
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   ▼げんりゅうさん:
>かなりためになりました!結局のところ、五行説を「自分の良い様に解釈した」ということなのでしょうか。
そういうことだと思います。

>そこで質問ですが、「袁術伝」の注で『典略』に「術以袁姓出陳、陳、舜之後、以土承火、得應運之次」とあります。これは袁術が火徳の漢から土徳である自分が取って代わるという意味で合っているんでしょうか?ちくまの『正史 三国志』には「……土が火をうけつぎ……」とあるんですが、漢文を正確に読めないので誰かご教授お願いします。

ちくまの「土が火をうけつぎ」というのは土徳は火徳をうけつぐ意味のことを
言っていますので、あってますよ。袁術は相生説で正統化を図ってますね。
きっと袁術はこんなふうに考えたのではないでしょうか(笑

1.相生説では火徳から土徳に引き継ぐのだな。舜は土徳にあたる。
2.氏姓の展開では、舜の子孫から陳姓が出て、陳姓から袁姓が出た。
3.袁姓のワタシは土徳・舜の子孫であるから、ワタシも土徳だ!
4.ほほーっ、火徳である漢朝から引き継ぐのはワタシではないかっ!

この頃、袁術と袁紹は袁家の棟梁を巡って派閥争いをしていましたから
袁家の棟梁=自分である、と考えていてもおかしくないですよね。
結局、土徳を主張する「仲」という王朝を建国しましたが、
世の中は漢朝の威光がまだあったので、反逆者というレッテルを貼られ
討伐理由の対象となり、群雄のえじきとなってしまった、ってとこでしょうか。

参考:五行相生説と割り当て

伏羲:木徳
神農:火徳
黄帝:土徳
少昊:金徳
せんぎょく:水徳
ていこく:木徳
堯:火徳
舜:土徳
夏:金徳
殷:水徳
周:木徳
漢:火徳−赤色

【1768】Re:袁術は相生説で正統化
解決  げんりゅう WEB  - 2005/6/4(土) 14:40 -

引用なし
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   ▼清岡美津夫さん:
「白土で書くのは暗に黄巾が冀州から発しているという意味」という発想は、そんな気がしました。なんか深読みしすぎちゃった気がしますけど、ここまで考えていたならなんかすごいですね〜!

▼KJさん:
コメントありがとうございました!
五行説はほんとに色々あるので、難しいですね。。。

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