三国志ファンのためのサポート掲示板 ※共同掲示板。話題は三国志関係。横レス歓迎。初心者モードの質問からマニアックな雑談まで
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【1617】遼来々の出典 清岡美津夫 2005/3/26(土) 18:53 教えて
┣ 【1693】Re:遼来々の出典 こ・さん 2005/4/14(木) 16:06 雑談
┃┗ 【1694】Re:遼来々の出典 清岡美津夫 2005/4/14(木) 19:20
┃┗ 【1924】Re:遼来々の出典 むじん 2005/8/15(月) 0:25
┃┗ 【1928】Re:遼来々の出典 清岡美津夫 2005/8/16(火) 21:05 解決
┃┗ 【1929】Re:遼来々の出典 むじん 2005/8/16(火) 22:47
┃┗ 【1934】Re:遼来々の出典 清岡美津夫 2005/8/18(木) 17:41 感謝♪
┃┗ 【1935】Re:遼来々の出典 むじん 2005/8/19(金) 0:20
┗ 【1697】説着曹操、曹操就到 NAGAICHI Naoto 2005/4/14(木) 23:39 教えて
┗ 【1701】Re:説着曹操、曹操就到 清岡美津夫 2005/4/15(金) 18:54 雑談

【1617】遼来々の出典
教えて  清岡美津夫 E-MAILWEB  - 2005/3/26(土) 18:53 -

引用なし
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   こんばんわ、清岡です。
今、とあるオフ会のレポートに注釈を入れています。
それで「遼来々」(張遼が来たら泣く子も黙るとかのエピソード)の出典は何か調べていたんですが、調べ切れてないです。
青空文庫にも収録されている「大菩薩峠」に「江南小児の遼来遼来」って一節をみつけたぐらいで……
別に注釈に出典を入れる必要性はないんですけど、ふと気になりました。
もし知っている方がおられましたら、よろしければ教えてくだされば幸いです。

【1693】Re:遼来々の出典
雑談  こ・さん  - 2005/4/14(木) 16:06 -

引用なし
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   遼来々

出典は、というほどのものでもないような気がします。
三国志の合肥の戦いの時のことぐらいでいいんじゃないでしょうか。

【1694】Re:遼来々の出典
 清岡美津夫 E-MAIL  - 2005/4/14(木) 19:20 -

引用なし
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   どうも、コメント、ありがとうございます。
手元の史書をざっと見ても特にそういう記述が見あたらないので(といっても狭い範囲ですが)、出典はどこかな、とふと気になったもので。
やっぱり合肥の戦いの時期ですかね…
…と、それをヒントに今、三国演義を眺めていたら、
「第六十七回:曹操平定漢中地、張遼威震逍遙津」に「聞張遼大名、小兒也不敢夜啼。」なんて記述を見かけました。元ネタ、これでしょうか……?

【1697】説着曹操、曹操就到
教えて  NAGAICHI Naoto WEB  - 2005/4/14(木) 23:39 -

引用なし
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   便乗質問ですが、
「説着曹操、曹操就到」(曹操の話をすれば、曹操がやってくる−噂をすれば影)
「事後諸葛亮」(事後の諸葛亮−事が終わったあとに偉そうなことを言う)
「張飛穿針」(張飛が針に糸を通す―荒っぽい人も細かいことをする=「張飛使計謀」)
「黄忠七十不服老」(黄忠は七十にして老いに服さず−老いてますます盛ん)
この手のことわざって初出が分かるものなんでしょうか?

【1701】Re:説着曹操、曹操就到
雑談  清岡美津夫 E-MAILWEB  - 2005/4/15(金) 18:54 -

引用なし
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   ▼NAGAICHI Naotoさん:
>便乗質問ですが、
>「説着曹操、曹操就到」(曹操の話をすれば、曹操がやってくる−噂をすれば影)
>「事後諸葛亮」(事後の諸葛亮−事が終わったあとに偉そうなことを言う)
>「張飛穿針」(張飛が針に糸を通す―荒っぽい人も細かいことをする=「張飛使計謀」)
>「黄忠七十不服老」(黄忠は七十にして老いに服さず−老いてますます盛ん)
>この手のことわざって初出が分かるものなんでしょうか?

どうも初めまして。
なかなか難しそうですね、初出を探すのって。
(その前に、「事後諸葛亮」と「張飛穿針」は初耳でした・笑 「事後諸葛亮」なんて講談系の諸葛亮を茶化しているみたいで面白いですね)

三国演義で見つかれば、まだ良い方なのかもしれませんね。
三国演義にあるからといってそれで探すのを止めてしまうと、実はさらに古い書に初出があったとか、ルーツはもっと古かったっていう意外な発見を逃してしまうものですね
http://cte.main.jp/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=216;no=245
↑碧眼児のルーツとか
[#T1452]
↑諸葛亮ファッションとか、例にあげられるんでしょうか。

【1924】Re:遼来々の出典
 むじん E-MAILWEB  - 2005/8/15(月) 0:25 -

引用なし
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   こんにちは。

>…と、それをヒントに今、三国演義を眺めていたら、
>「第六十七回:曹操平定漢中地、張遼威震逍遙津」に「聞張遼大名、小兒也不敢夜啼。」なんて記述を見かけました。元ネタ、これでしょうか……?

もっと古いです。
『三国志集解』によると『太平御覧』に引用する『魏略』に、

>>>張遼為孫權所圍,遼潰圍出復入,權衆破走.由是威震江東,兒啼不肯止者,其父母以遼恐之.
>>張遼は孫権の包囲を受けたが、張遼は囲みを破って脱出し、また突入したので孫権の軍勢は敗走した。そのため威名は江東に震い、(江東では)赤子が泣き止まないことがあれば、父母が張遼を持ち出して怖がらせた。

と、あるそうです。『魏略』は魏の末期から晋の初期にかけて成立した本で、このときすでに張遼の武勇が伝説化していたことが分かります。

【1928】Re:遼来々の出典
解決  清岡美津夫 E-MAILWEB  - 2005/8/16(火) 21:05 -

引用なし
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   ▼むじんさん:
>もっと古いです。
>『三国志集解』によると『太平御覧』に引用する『魏略』に、
>
>>>>張遼為孫權所圍,遼潰圍出復入,權衆破走.由是威震江東,兒啼不肯止者,其父母以遼恐之.
>>>張遼は孫権の包囲を受けたが、張遼は囲みを破って脱出し、また突入したので孫権の軍勢は敗走した。そのため威名は江東に震い、(江東では)赤子が泣き止まないことがあれば、父母が張遼を持ち出して怖がらせた。
>
>と、あるそうです。『魏略』は魏の末期から晋の初期にかけて成立した本で、このときすでに張遼の武勇が伝説化していたことが分かります。

こんばんわ、清岡です。
おぉ、やっぱり三国演義より前にもありましたか!
三国志の注に引かれていない「魏略」に載っているんですね。なるほど「太平御覧」になのですね。
どうも、教えてくださってありがとうございます。

【1929】Re:遼来々の出典
 むじん E-MAILWEB  - 2005/8/16(火) 22:47 -

引用なし
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   こんにちは。

web上にある『太平御覧』の電子テキストですが、検索してみると同様の記載が3ヶ所あるようです。ただその3ヶ所、『魏志』『魏書』『魏略』と、全て引用元の書名が違っています。いずれも同時代に書かれた史書です。

兵部十に引用する『魏志』
>張遼為孫権所圍,遼潰圍出,復入,權衆破走,由是威震江東.兒啼不肯止,其父母以遼恐之.

人事部七十五に引用する『魏書』
>江東小兒啼,恐之曰:“遼來,遼來!”無不止矣.

人事部一百二十九に引用する『魏略』
>張遼為孫權所圍,遼潰圍出,復入權衆破走,由是威震江東.兒啼不肯止者,其父母以遼恐之.

また張遼ではありませんが同様の表現のものがありました。

宋質直
>宋質直破虜有威名,兒啼,恐之即止.

楊大眼
>淮泗之間,童兒啼者恐之,云:“楊大眼至!”無不立止.

【1934】Re:遼来々の出典
感謝♪  清岡美津夫 E-MAILWEB  - 2005/8/18(木) 17:41 -

引用なし
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   こんにちわ、清岡です。
さらに詳細な情報、ありがとうございます。

▼むじんさん:
>こんにちは。
>
>web上にある『太平御覧』の電子テキストですが、検索してみると同様の記載が3ヶ所あるようです。ただその3ヶ所、『魏志』『魏書』『魏略』と、全て引用元の書名が違っています。いずれも同時代に書かれた史書です。

この間、web上で通典や文選をみかけたんですが、「太平御覧」もあるのですね。ビックリです。

>兵部十に引用する『魏志』
>>張遼為孫権所圍,遼潰圍出,復入,權衆破走,由是威震江東.兒啼不肯止,其父母以遼恐之.

この「魏志」って三国志とは別物なのでしょうかね。
実は昔、三国志にはこういう記述があったとか? ではないですよね(汗)

>人事部七十五に引用する『魏書』
>>江東小兒啼,恐之曰:“遼來,遼來!”無不止矣.

これがツリー元の疑問の「遼来々」に近いですね。

【1935】Re:遼来々の出典
 むじん E-MAILWEB  - 2005/8/19(金) 0:20 -

引用なし
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   こんにちは。

>この「魏志」って三国志とは別物なのでしょうかね。
>実は昔、三国志にはこういう記述があったとか? ではないですよね(汗)

はい、これは陳寿の『三国志』のことです。現行の『三国志』では武帝紀の最初の注から「曹瞞伝曰」の4字が抜けたり、袁術伝から彼が長水校尉になったという記述が抜けたりしています。これは長年にわたり書物が伝えられる過程で、写本を手作業に頼っているので仕方ないことです。この記述も写本の過程で『三国志』本伝から失われた可能性があります。

しかし、いかんせんそこは電子テキストの信頼性のなさ、本当は『魏志』でないのを『太平御覧』の電子化にあたって間違えられた可能性もあります。

いずれにしても、この箇所は、『三国志』張遼伝にあまりにも似ていないこと、人事部に引用する『魏略』と字句がほぼ同一であることからみて、実は『魏略』が本当の引用元ではないかという気がします。

>>人事部七十五に引用する『魏書』
>>>江東小兒啼,恐之曰:“遼來,遼來!”無不止矣.
>
>これがツリー元の疑問の「遼来々」に近いですね。

そうですね。おそらくなんらかのメロディーが付けられて広まり、地域や時代によって、いくつかのバリエーションが生まれたのではないでしょうか。そう想像しました。

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